| 〜 2003.taka's Simple life〜6.19〜7.2 |
| 6月19日 『 血が騒ぐ? 』 ほんのもののはずみから、今月末のバレーボールの試合に出場する事になってしまった私。 仕掛け人(?)の友人からは、ただ試合に出てくれさえすればいいから と言われていたが やっぱり いくらなんでも不安だったので、夕べ初めて練習に参加してきた。 おかげさまで 現在まったりと身体が重だるい・・・ ^^; 怪我が怖いので、バレーシューズ&膝あてもちゃんと購入して行った。 正式なバレーシューズなんて 本当に久しぶりだ。 さすがに16年も経つと、デザインも機能も随分進化したんだな〜と売り場で感心。。 価格も当時より下がったような気がする。。 膝あても かっこいいのがでたんだな。。。 一人回顧に浸ってしまった。 中学、高校と6年間バレーボーラーだった。 特に高校時代はバレーボール“しか” してなかった と言ってもいいくらいのバレー漬け生活。 一応生徒の99%が大学進学するというバリバリ進学校の公立高校だったのに・・・ 毎日の朝練習に放課後の練習。当時は土曜日が半日だったので、土曜の午後から長い練習。 日曜祭日も当然練習。1年365日のなか、練習の無い日は全部で幾日あったかなー。。 ちっとも楽しいとは思っていなくて、きつくて怖くて苦しくて辛くて胃も身体も全てがキリキリ痛む毎日で、 なのに何でやってたのかね〜 と仲間とよく振り返って笑う。 なにしろ先生がウルトラスーパー級の度迫力の怖さだった。 高校バレー界にても当時から相当権威のある方だったので、 他校の先生方すらも(どんなに全国レベルで強い学校でも) 先生に対しては直立不動。 たとえ背中を向けていても、先生が体育館の中に入ってくるのが わかったものだ。 空気がビリーッと変わる。時間さえも止まってしまう感じ。 体育館の下の小窓から、先生の車が入ってくるのが見えただけで泣く子もいた。(^^; そんなだったのに 一体何で続けてたのかね〜 とホントに可笑しい。 と言うか、当時のそんな自分達を思うと 抱きしめたくなるくらい可愛いよね〜と笑える。。 ちなみにその大先生は、再びのひょんな再会で今では私の大切な患者さんの一人である。 ただし先生からお電話が入ると、いつでも何処に居ても いまだ直立不動になってしまう私。 そして先生に対して未だNOはなくYESしかあり得ないので、どんなに無理な日程でも必ず馳せ参じる私。 自分も大人になって、先生もとってもフレンドリーに気さくに接して下さるというのに・・・・・。 きっと一生この条件反射は続くような気が、確信が・・・する。 当時のレギュラーメンバーで、高校時代限りでかっきりバレーから離れたのは私くらいだろう。 でも引退時には腰も膝も足首も手首もボロボロで、痛み止めの注射を打ちながらだったから 息切れ状態でようやく引退にこぎつけていたので、やっと終わったよ〜と嬉しかったから その後 全然かかわる気がおきなかったんだなあ。。。でかいから誘われるけど。。。 『たかの〜っ!打て〜っ!』 と懐かしい声に叫ばれ、気がつくと夢中でPLAYしていた。 無理ないのに、当時と同じように動けない事に苛立ちさえ感じてしまった。。 スパイクした時のボールの感触が 手に心地よく戻ってきて快感だった。。。あらまずい。。。 あんなに嫌だったのに。なんで今 ボールに触ってこんなに嬉しいんでしょう。^^; 意識より、無意識の中で身体が喜んでいる。。。 あー、やっぱり何だかんだいって、実は私 バレーが好きだったのか・・・ 自分でも意外だったけど、どうやらそうらしい。。 だからあの頃 あれだけ頑張れたのか・・・引退して16年経って 今初めて気がついてしまった。。 未だにバレーに燃えている友人をからかってきた 今までの私だったけど どうやら うっかり ミイラ取りがミイラになってしまったらしい。^^; あらら・・・である。。。 |
| 6月20日 『 イルカのペンダント 』 レイキヒーリングを学び始め、既に3段階までを終了した。 レイキはもともと日本で生まれたけれど、日本では近年まであまり浸透しなかった。 ハワイに在住していた高田はわよさんという方が、重病をわずらって日本に帰国した際 レイキ治療にて完治した事に感激され、ご自身もレイキを習得して ハワイにて伝承し その後、一気に世界に広がったというREIKI。 ヨーロッパ各国では医療保険も適用されてしまうほど、世界では浸透したおかげで 逆輸入のようにして、現代日本にも広がってきた。 なもので、使われる用語も横文字カタカナが多かったりする。 「グランディング」という言葉がREIKIではよく使われる。 これは、「地に足がつく、足元を安定させる、」というニュアンスの日本語の逆輸入のようだ。 REIKIを自分の中に取り入れてみて、この「グランディング」が一番変わった。 一番初めにプラナの川原先生にお会いした際 「REIKIを習得していったら、まず自分の中から“怒り”っていう感情が抜けたね〜」 と聞いて、 実のところ半信半疑だった。 だって、だって 年と共に落ち着いはきて 昔ほどじゃないけど、もともと気が強いので かーっとなる事はしょっちゅうな私。 表に出さない演技力は年の功で会得してるけれど・・・ (昔女優だったし(嘘) そんな私が怒らなくなるかな〜?あり得なさそう・・・・・ ところがそれが“あり得た”。 感情が波立つ と言う事がど〜も起こらなくなって、これからも起こりそうもない気がしている。 そんなの腑抜けジャン! と 思わないで頂きたいのだが、 わかりやすく言えば、ホントに落ち着いちゃった感じ。 たとえば対外的なこと。 買い物にしても役所関係にしても その応対によってはカチンとくる場面も多い世の中 だけれど それがどんな応対でも、腹がたたなくなってきた。 大抵の場合 相手に悪意が無い限り、自分の気持ちの持ちようで如何様にも変わるものだと気づく。 気持ちが安定しているということは とても嬉しいことで 怒らないということは、余計なエネルギーを使わないので 疲れなくていい。^^ 仕事にしても、こちらの心が穏やかに安定している方が 受けての患者さんへの施療も、大変スムースにいき、仕上がりも違うように思う。 そして、気持ちが安定すると、これまで見落としていたものが見えてくる。 いろんな戸惑い、焦り、そういったモノから解放されて 改めて施療をしてみると 直感が冴えるのか、その人への施療すべきポイントが浮き上がって見えてくるようで 不思議。。。 もともと、施療家としての自分の最強のセルフケアとして、学び始めたので 想像以上の効果と、思いもよらない効果もあって ほんとに嬉しい。 川原先生に、こんなのあるよーいいよーこれ♪ と見せてもらったのが イルカのペンダント。 海外のヒーラーがイルカのエネルギーをエッセンスにうつしとったものだと言う。。。 えー?そんなんホントにあり得るの〜?あやしー!あやしすぎ〜! と、正直思わなくもなかった。 が、涙型の強化ガラスボトルに入って皮ひもが付いている そのペンダントはとても可愛くて ひとめぼれしてしまい、効果うんぬんはあとからついてくるものだから別にいいや〜と 即 NETで注文してしまった。 ≪http://www.evha-net.com/参照≫ 今そのペンダントと共に過ごして一週間になる。 それがね〜みなさま、気のせいだよ〜と言うなかれ、これっていいですわ〜。。 何かね〜 護られてるって感じがするのですわ。。 (いいのいいの。気のせいでも。自分が満足してれば それでいいの。るるるん) そして、身体の奥からエネルギーがじんわりと湧いてくるような感覚があり 手の平、足の裏、から常にREIKIが放出してしまってるような気がする・・・ だって ぼわーっと熱い。 (念のため体温はかったが平熱だったよ・・^^;) 身に着けてる人の半径40M以内にも良いエネルギーを放出するのですって♪ とにかくエネルギーが出っ放しなのがもったいないので どうせならと 自分の身体を触ったり、財布を触ったりしてみてます。 自家発電機になってしまった様な気がする私。こりゃ便利だ。 冬になったら、もしかしてコートなんか要らなくなるのかな〜 吹雪で遭難しても(ここは千葉なのでありえないけど) 凍死しないのかな〜 と考えてみると、楽しくなってくる。 何でも 「それはあり得ない」と決めてしまう前に 一度試してみると世界は広がるものかもしれない。 |
| 6月25日 『 Midnight talk 』 昨夜は帰宅が23:00近かった。。のに息子が起きて待っていた。 いつもならとっくに寝ている時間で、私も寝顔にただいまを言う感じなのに 起きていた。 園から帰ってきてすぐ2時間ほど寝てしまったとの事で すっかり眠れなくなってしまったらしい。 前夜も急患が入って、急遽夜仕事に出たので、二晩続けて遅いと チビがちょっと切ながる。 そういえば 朝も「今日は東京だからママ遅いからね」と言っただけで しくしく泣き出した。 毎週一度は必ず遅いので、普段なら はいよ〜ぐらいの あっけらかんぶりなのに。 4歳児になると、妙に大人っぽい発言をすることもあり 常に私と一緒じゃなきゃ駄目だったのに(私が居る時はの話)、一人で外に遊びに行ったり 私が買い物に行こうといっても、おもちゃで遊んでるからママだけ行って来て と言ってみたり なんだ〜 急に成長しちゃったのか〜 とこちらが戸惑う程。 でも、やっぱり こんな風に甘えんぼになりたくなる時はあるらしい。 何となく少し ほっとしてしまう。 添い寝していたおばあちゃんと交替して 息子の隣に横になった。 寝しなの絵本は一通り読んでもらった後だったので、寝よ寝よ、と常夜灯に明りを落とした。 布団の中で、今日の幼稚園での出来事なんかを聞く。 いつもなら大体のところで 寝てしまうのに、なかなか眠らない。 薄暗い中、とりとめのない話が ぽつぽつと続いた。 何だか普通に会話していて 面白いなー と 思っていると 「ママ、悪い事したことある?」 おっと!いきなり何ざんしょ。。But 子供の問いに怯んではいけないのは鉄則(?)なので すかさず 「う〜ん、あるかもなあ〜 」と 考え深げな口調で答えた。 「どんなことしておばあちゃんに怒られたのか話して?」 数え切れないので、どれにしようか迷いながら f(^^; 焼きたてのクッキーに熱いから触っちゃいけないって言われたのに、ほんとに熱いか確かめたくて 触ったらやっぱりやけどして ものすごく怒られた事を話すと 受けた。 「じゃあおじいちゃんに痛いのされた時のこと話して」 私の手の甲にお灸をすえられた痕が 30年経った今でも残っているので その事らしい。。 近所のお友達が持っている小さなおもちゃが欲しくて 一緒に遊んでる時にポケットに入れてきてしまい それが発覚して、当然ものすごく怒られて、昔気質の父の逆鱗に触れるところとなり 4歳児にして灸をすえられた 小さかった頃の私・・・f (^^;恥)。 真剣に耳をかたむけていた息子は、「おじいちゃんに見つからないように隠しとけば良かったんじゃない?」 なるほど一理ある〜 でもチビだからそんなに悪知恵なかったのよ〜 とは息子には言えない・・・ 「どんなに隠してもね、誰も見て無くてもね、お空の神様はぜーんぶ見てるんだよ」 ・・・・・ 息子の目は皿のように マジ。 「お空の神様にはぜーんぶわかっちゃうから 悪い事をするとね、罰があたえられちゃうんだ」 闇に慣れてしまった瞳で 思わず天井をぐるっと見渡す息子。 ちょっと 怖い話に仕上がっちゃったかしら・・・寝てからうなされちゃうとマズイな・・・と思って 「でも その代わり神様は好い事をした時もちゃんと見てるからね、そんな時はきっとご褒美もくださるのよ」 と まとめてみた。 ほっとした様子。 その後 ようやくスースー寝てしまった。 私も すっかり闇に慣れた目で天井を見ながら ぼんやりと考える。。 いくつまで一緒にお風呂に入れるかな〜 と言うフレーズの昔のCMを思い出した。 会話が成立しない赤ちゃんと、24時間ベッタリ過ごしていた時期は 嬉しいだけの日々とは決して言えなかったものがある。 泣く事Onlyの意思表示手段しかない 赤ちゃん。 子供は若いうちに産んだ方がいいよーと言う看護婦さんの台詞が 身にしみ過ぎてヒリヒリする日々だった。 それが4年も経つと こんな風に夜布団の中で語らうこともできるようになっちゃうのか・・・ 自他共に認める親馬鹿ママな私は いくつまで私と語らってくれるかな〜 と呟かずにはいられない夜だった。。。 |
| 6月26日 『 紫陽花ロード 』 カラっ梅雨かなー と心配したが、一日中降り止まない事は無くとも 雨が降らない日は少ない日々になっている。 もちろん 洗濯物が乾かないとか、布団が干せないとか、困る面も色々ある。 季節の挨拶にも 「憂鬱な季節になりました」などと使われる。 私も まだ気持ちに余裕が無かった頃は、それは それは 梅雨がいやだった。 雨音を聞いただけで憂鬱になり、出かける前から 帰りたくなった。 雨と うっとくる湿気の中に 閉じ込められてしまうような そんな気分になったものだ。 このごろは 四季がきちんと移ろってるな〜 という事に ほっと安心する。 雨景色もまたいいものだと 思うようになった。 (年とったからかな?^^;?) 苗の丈が伸びて水面が見えなくなってきた水田に 雨が降りしきる光景は 緑色の霞が下から湧き上がってくるように見え、とても幻想的だ。 傘をはずして 空をみあげてみると 細い細い透明の線が 次々と押し迫ってくる。 冬の雨は冷たいけれど、梅雨の雨は やわらかい明るさと温かさを感じる。 今朝仕事に向かう道、それが楽しみでわくわくしていた。 山武から成東に向かう途中に ゆるいカーブが連続する山あいの坂道があり この季節 道沿いにびっしりと紫陽花が花開いているのだ。 車にのりながらも 楽しめるくらいなので えんえんと紫陽花が植わっている長い道。 私が勝手に 『 紫陽花ロード 』 と名づけて 楽しんでいる。 二週間前に通った時はまだ二分咲きくらいで、がっかりしていた。 今年はどうやら紫陽花が遅いらしいと 何処かで聞き、雨が少ないからかなーと密かに気を揉んでいた。 今日はどうかしら・・・ と ドキドキしながら その道へとハンドルを右にきった と、さーっと広がる薄ピンク色が目に飛び込んできた。もう薄く青紫に変わっているのもある。 嬉しいー。よかったー。今年も咲いた〜。 歩道に零れ落ちそうに 重そうな大輪を咲かせている様子は 本当に心が浄われる。 中国からの医学で花療法というものがある。 花が持つ「気」で 病を治療していくという むかーしからの優しい療法。 病の症状にあわせた花を選んで 身近に飾ったり、煎じるなどして飲んだりする。 ちなみに紫陽花には心身の疲労をとる作用があるといわれている。 また、花は解熱に、葉は瘧(おこり→マラリアもその一種)に効くらしい。 ・風のある春の日に特に体調を崩しやすい人 ・眼精疲労になりやすい人 ・筋肉の痙攣が起きやすい人 ・怒りっぽくイライラしやすい人 ・顔色が青い人 ・爪が変形したり、弱い人 こんな方は 紫陽花(特に青紫色のもの)を 一枝 花瓶に活けておくとよいだろう。 目の疲れ、こころの疲れを癒してくれることと思う。 帰り道も たっぷり楽しんだ 『紫陽花ロード』 今年は一段と素晴らしいように感じた。 今度は、車をどこかに止めて 歩いてみようか・・・赤い傘でも差したら 尚いいかもしれない。 |
| 6月29日 『 バリボーブラボー 』 ついに 試合の日が来てしまった・・・。 そう、ひょんな事から出場する事になってしまったママさんバレーの小大会である。 結局一度きりしか練習参加できずに 16年ぶりのプレーヤーになってしまった。 息子はその1回の練習にくっついてきて、かなり退屈したのに懲りてお留守番する!と言うので一人で行った。 そして 私の中でママさんバレーと言うもののイメージは、小さい子供がうろうろしていて みんなで子供の面倒を見ながら、上手い下手関係なく わきあいあいと楽しむ世界だった。。。 が、現実はそうもいかないらしい。。。 確かに来ている子供も居るけれど、ママ達はほぼ全く子供に構ってはいないので 子供達はそこここで 退屈しのぎに仕方なく遊んでる、という感じ。 構って構ってタイプの子供だと、気のせいか周囲の目線が怖い感じ。。 やっぱり、何事も勝負がかかると、ねえ・・・ そうよね・・・ と、自分を納得させつつも、あーやっぱり家においてきて良かった。。。と安堵。 試合は結局3試合やって1勝2敗。まずまずの結果・・なんだそうだ(助っ人な私にはよくわからん) 私はと言えば、6人制のルールと9人制のルールの違いに 何度か身体が反応できずにミスった・・^^; ブロックのワンタッチは6人制は数えないけど 9人制は数えるし アタックをネットにかけて敵方に入らなくても、ネットに当たって1回と数えるし(6人制はそこでブーブー) ブロックもアタックも 手がネットを越えてしまうと 途端にオーバーネットをとられてしまうし・・・ ママさんのネットの高さだと、私の場合飛ばなくても手が思い切り出るので 審判により厳しくとられるらしい・・・。 まあ、そんなこんなありながら、私的には 久しぶりで楽しかった。 段々息があがってきて、自分がスタミナ切れになってるのが途中でわかり、 さすがに高校生の時のようにはいかないか・・・と心の中で苦笑いしたけれど。 他チームの監督(男)に 「たかのさんお久しぶりっス!」 と 挨拶されびっくりしたら 高校の後輩だったり 他チームに出ていた先輩の肩を 試合の合間にほぐしてあげたり 成高バレー部のつながりは、何十年たっても続きそうである。。。 夕方終わってから大急ぎで、一緒に出場友人を送り、そしてそこの家でシャワーを借りた。 なぜなら、その近所で 17時から予約が入っているから。。(家に帰る余裕なしでした。。。) そして、そのお方は 他の誰でもない、成高バレー部の大先生(現他校長)なのであった・・・。 みんなに、先生に今日の反省会をやってもらえ〜と冷やかされつつ 体育館をあとにした。 うーん。。今日は自分で自分にお疲れさんっ! と言ってやりたい感じであります。f (^^; 明日も早いぞ忙しいぞ もう寝よう。。。 |
| 7月2日 『 さくらんぼを追いかけて 』 電車のおもちゃで「ぷらレール」というのがあり、息子に幾つか与えてやっている。 その中で今年のお年玉で買った「やまびことこまちの連結セット」というのがあり、 新幹線図鑑と照らしあわせては この新幹線に乗ってみたい乗ってみたいと 言っていた。 しかしその頃は真冬で 東北新幹線に乗って チビ連れで旅行するには こちらが厳しかったから 「じゃあさくらんぼの季節になったらね〜」 と言って延ばしていた。 何しろ新幹線に乗るのが目的とは言え、大人的には 何かしら目標地点がないと辛いものがあったし。 その後、東京ー上野とか 新横浜とかで新幹線体験させて誤魔化そうかと思っても 本人が 乗るなら 絶対に“さくらんぼ狩りの新幹線”とキッパリ言い切っており、 私が思いつきで言った事を しっかりと覚えているので、 それでは仕方ないと計画を立て始めた。 昔ツアーコンダクターだった私は イチゴ狩り、林檎狩り、ぶどう狩り、みかん狩りetc狩りものは随分行ったが さくらんぼ狩りだけは 初体験。 なにが何やらちっともわからない。 なので調べ始めてみると、資料がとても少ない。ガイドブックにもあまり詳しくは載っていない。 どうやら、そのシーズンが6月の中旬からせいぜい7月のはじめまで と、かなり短いかららしい。 1年のうちのたった3週間程度のシーズン。 今ではあんまり味わえない、「これぞ旬のもの」の一つ なのだろう。 とのん気に感心している場合ではなくて、そんなに短い期間じゃこりゃ大変、 下手したらシーズンが終わってしまって、約束が果たせなくなってしまう。 でも6月中から昨日にかけて 予定が詰まっていてとても動けなかったから シーズンぎりぎりだけど今週末に行く事に決定した。 ここから東京まで約2時間、新幹線で山形まで約3時間。 片道5時間まではかからないが、4時間以上は確実にかかるところだ。 だから本来なら温泉はいったり観光したりして 一泊〜二泊でのんびり行きたいところなんだけど 子供というのは距離感がほとんど無いし、従って時間の感覚もあんまりない。 自分の目的が達成した時点で、例え何百キロ離れた地点であろうと ママもう帰ろうよ〜となるのである。 なので、『千葉−山形 さくらんぼ狩り日帰り強行突破ツアー』 のプランを立てる事にした。。f(^^; さくらんぼ狩りが初めてなら、よく考えると山形県自体の地に足を着けた事がなかった。 通過したことしかなかったんだった・・・。 あーこりゃ大変と インターネット、時刻表、ガイドブック、それぞれをあわせて慌しく検討していると ふっと、添乗員時代を思い出す。 ほとんどが行った事の無いところへの仕事だったので (若いツアコンなんてそんなもんです) 次のツアー先が決まると、いつも大慌てで資料を集めて現地情報を頭につめこんだものだ。 お客に「添乗さんは何回くらい来てるんですかあ?」とか必ず聞かれるから。 そんな時には決して 「ここは私も初めてです」とは言ってはいけないのは鉄則であった。 初めてならば「3回目なんです〜」 2回目とか別シーズン経験のみの時は「5〜6回目かなあ」 と答える。 そう言う以上、あまりに知らないでいては恥をかくので まるで試験前の一夜漬けのように勉強するのだ。 たとえ運良く?あまり質問されない客ばかりのツアーだったとしても あまりに無知だとバスガイドさんや運転手さんにあからさまに馬鹿にされ(彼らはツアコンをあまり好きでない) 胃がキリキリ痛む数日間を過ごすはめになるので やっぱり必死で詰め込むしかないのだった・・・。 現地の観光情報以外にも もっと重要なことがあり 各駅の構内図ターミナル図、各空港の構内図、トイレはどこか、団体が座れる所はどこかとか 列車、飛行機、バスの座席表割り (どんなに苦労して作成しても大抵文句がでる)とか・・・ 人によっては、まだ見ぬ客達の名簿でツアー前夜から全員の名前を覚えてしまう添乗員もいたが さすがに 私にはそこまでは無理だった。 そんなにまで準備していったとしても、やっぱり様々なトラブルやハプニングが起きてしまうのがツアーというもので あんまりの激務だったからか 国内ツアー1本いくと2kg、海外ツアーだと 4〜5kgは確実に体重が落ちた。 一度など海外から帰ったら10円禿げが2〜3個出来ていて 大ショックだった事もあった。^^; でも、景色に感動しているお客さんの表情を見たり、おかげで楽しかったーありがとうーと固く握手されたりすると 全ての苦労がふっとんで、あーやっててよかった〜と思える仕事だった。 まだ若かったからこそ出来たような気もするが・・・・・・。 家を出発する時点での駅の駐車場、往復の新幹線の座席、現地でのレンタカーの予約、 さくらんぼ園(これが沢山あって、どこにするか本当に迷った・・・)への予約、 びゅうぷらざでチケットを受け渡され、一応手配は全てできた・・・はず・・・だと思う。。 あと何かあったっけかなあー。。。 念のため現地の観光協会へ電話をかけて 今週末の状況を聞いてみた。 お姉さんの話では 先週が混雑のピークだったらしい。今週は問い合わせもほとんどありませんとのこと。 ちょっと 安心。 なにしろ現地滞在時間が4時間ほどなので、空いていてくれた方が助かる。 さくらんぼ園の奥さんとも話してみた。ひさびさに聞く山形弁がなつかしい。 すぐ人の影響を受けやすい私は、知らず知らずにおんなじイントネーションで話している。 だからよく地方の仕事が続いた後など、完全にイントネーションが狂ってしまい 「添乗さん、どこ出身だあ?東京もんじゃないことは確かだな〜」と言われたものだ。 あんのじょう、奥さんにも「お客さん、仙台からくんのかな?」と言われてしまった。 東京方面というと 「・・・・・・」 f(^^;; ともかく まだ佐藤錦も少し残ってるから 取れる木確保しときますよ〜と あたたかく応対してくれた。 あと何かすることあったかなー。。。。。 出発3日前、今や我が子専属のツアーコンダクター気分の私は ひさびさの旅行業務の感覚が束の間よみがえり、結構たのしんでいる。 |