| 〜 2003.taka's Simple life〜.7/25〜8/7 |
| 7月25日 『 相棒ピーンチ! 』 いつもの道を走って帰宅中、どうにも車の調子が悪くなってしまっていた。 1週間前に、ラジエーターキャップとエアフィルターを交換したばかりなんだけど・・・。 偶然からか、それ以来不調な愛車シャリオ君。 サイドブレーキを引き フットブレーキから足を上げた途端にエンジンがグイ〜ンと回転してしまう。 気のせいかしら?エアコン?・・・キャップが新しくてなじんでないのかしら? 素人は何が何だかわからないので 色々考えてしまう。 しかし、本日の調子は相当悪化していて、走行中にアクセルの踏み足は一定させているというのに 突然回転数が上がったり下がったりして、(つまりエンジンブレーキが突然かかり突然進むの繰り返し) うわんうわん車体が揺れる。走ってる途中に縦揺れするとやっぱり怖い。 ずっと見てると どうやら速度が55キロのところで突然回転数が上下する模様。。。 田舎の1本道をいいことに、試しに いろいろな速度で走ってみる。 うーん、速度20キロあたりも回転数が同じように上下。。。 おいおい。。。するってぇ〜と〜何かい? ミッションがいかれてしまったってことかい・・・? と独り言をつぶやく・・・。 信号で止まる。途端に上がるエンジン回転数。ウワ〜〜〜ンとふかす音が響いてしまう。。。(−−;; ブレーキを踏んでいても、車が前に進みたくてしょうがないというようにグイングインと前に揺れる。。 ちらっと “買い替え時?” という言葉が頭を横切り、ため息が出た。 このステーションワゴンのシャリオ君は3年半前に、私が八街に出戻って速攻で購入したもの。 何しろ泉家には車がなく(両親が免許なし)、そして幼い子が居て車なしの生活は大変不便な土地なので 家から一番近い中古車販売している店に、自転車に乗って買いに行った。 隣にスーパーがあるところで、野菜を買うついでに 隣の店で車を買った私。 今から思えば滑稽な光景なんだけど、当時は必死だったなあ・・・。 浦安という大変便利な土地から、子連れで移ってきたので いくら元々住んでいた土地とは言え、便利に慣れきった後では 再び馴染むには大変な努力がいる様な気がしていた。 だからまずは車を買って、フットワークを軽くしようと思ったんだった。。。 シャリオ君は一目見て気に入り、でも何日か悩み、でもやっぱり忘れられなくて 買うなら あの車しかないと思ってしまって、一目ぼれの感じで手に入れた。 既に7万キロ近く走っていたけれど、ワンオーナーだったし、整備状態もよかった。 乗ってみると小型車なのに7人乗りのステーションワゴンは色々な面で快適で、 それ以来 私にはなくてはならない 文字通りの愛車なのだ。 う〜ん。。と悩みつつ、車を購入した会社に連絡をとった。 実は、買った後で知ったのだが、中学時代のバレー部仲間が経営する会社だったので(世間は狭い) ダイレクトに電話が通じて話が早い。 事情を説明して、その後車を運んでいった。 車を見てもらってる間、20年ぶりに再会した友人とおしゃべりを楽しんだ。 なにしろ 『自転車で車を買いにきた』 という珍しいヤツのエピソードはかなり長い期間ウケタらしい。^^; お互い離婚しちゃったけど、今って幸せに生きてるよね〜という確認をしあえた頃 整備士さんが戻ってきた。 やはり、なにやら火花が飛んでいるところがあるらしく(箇所名横文字長くて忘れた) とっても危ない状態らしいので、でも直るらしいので、是非おまかせすることにした。 おそらく ウン万円くらいはかかります、と言う彼の言葉に友人の方が 「え〜〜?!」と驚き 「でも、もう少し安くしておいてよね」と、付け足してくれた。 私も、全然予定してない大きな出費だから、ショックじゃないと言えばうそだけど、確かに痛いけど でもその値段で車は絶対買えないから、やっぱり直るなら直してもらった方がありがたい。 それにそれに、何より私はこのシャリオ君が好きなのだ。 直るんだ、まだ乗れるんだ、と言う事に安堵感の方が やっぱり強かった。 数日間預ける事になり、代車を借りた。 白のファミリアセダン。 息子は見慣れない車に喜び、違う乗り心地を楽しんだりして盛り上がっていた。 でも私はちょっと寂しい。 早く 帰ってこないかな〜 。。。 私のシャリオ君。。。 相棒不在って やっぱり寂しい。。。 |
| 7月29日 『 悲しくて 』 午前中オフだったので、雨の中息子と傘をさして近所を散歩した。 午後からお仕事と知っていて、うつむいているので 「Kちゃんの〜あっかい傘〜くるっくるっくるっ〜♪」 とでたらめな節で歌ってやると にかっと笑って私を 見上げ 「ま〜まぁ〜の〜緑のかさあ〜くるっくるっくるっ〜♪」と自分の傘を回しながら声を張り上げた。 そのまま二人でくすくす笑いながらかたつむりを探しに歩いた。 そんな小さな出来事をぼんやり考えながら午後、駅への道を歩いていた。 考え事をしていると、2kmほどの道もあっというま。 頭の中で まだチビの赤い傘がくるっくるっくるっと回っていた私は、いつのまにか駅に着いていて そして考え事をしていたから、その光景は目の前に唐突に現れた。 線路沿いの桜並木が伐採されている真っ最中だった・・・。 ?! なんで?! 思わず切っているおじさんたちに聞いた。 JRの黄色いヘルメットのおじさんたちも、「そうなんだよ・・・切るんだって・・・」 なんで?なんで?なんで切っちゃうの〜? と聞く私に 悲しげに 「さあ・・・・?」と首をふり、切られる木を眺めた。 私も見上げた。 JR榎戸駅、、無人駅として有名。 ぽつねんとした小さな駅で、つい最近まで切符も買えなかった。 乗車証明書をカタカタと取って降車駅で清算しなくちゃいけないような、そんな駅だった。 今も、隣町の駅員が交代で榎戸当番に来るだけ (しかも居ない時間の方が長い)。 そんな絵に描いたような 片田舎の小さな駅だけど その一つしかない改札を出ると、線路沿いにずらーっと並んで桜の古木が立っていて 夏の暑い日差しに木陰を作り、雨の時には雨よけとなり、 そしてその花を咲かせる季節には、朝に昼に、そして夜にと楽しませてくれた。 朝もやの中の花も 幻想的にさわやかに美しかったが 私はここの夜桜が大好きだった。(過去形で書く悲しさ) 東京から榎戸までは約2時間かかる。 会社勤めしていた頃は 通勤だけで毎日が小旅行みたいなもの。 仕事で夜遅くなると、うんざりするほど我が家が遠く感じて、田舎住まいを苦痛に感じつつ帰る事もしばしばだった。 でも、改札を出て 桜の花のトンネルをポツポツと歩いているうちに 枝の向こうにぼんやりと蒼く灯る電燈に 淡く浮きたった薄桃色のその世界に入りこんでいき その美しさに圧倒されつつも、癒されていき 夜桜トンネルを歩き終える頃には、やっぱり「ここ」に帰ってきてよかったな〜 と思ったものだ。 その荘厳なまでの満開の桜の姿は、妖しいまでに はっと息を呑むほど美しくて そっとたたずむその木々には、確かに何か精霊のようなものが存在していた様に思えてならなかった。 ショックを隠しきれないで、伐採を見つめるのは私だけではなかったようで みな口々に「なんで?なんで?」 と ささやきあっていた。 駅員曰く (ええ、わたくし駅員にも聞いてしまいましたとも) 「落ち葉落ち花毛虫の害でJRが八街市に切らせて欲しいと言った所、八街市はあっさりOKしたから」 悲しいな。。。と思った。なんて やるせないんだろう。。。 せめて、どうしましょうかー?と市民に問いかけるとか、ディスカッションとか、なかったのかしらと思う。 いきなり切られている現場に居合わせても、もうどうにもできない。 公務員の娘に生まれた私だが、役所のあほー!だから役人は嫌いだーっ!と心の中で叫ぶ程度しかできない。 電車の中からも見える伐採の光景に、もう見続けることが出来ない私は背中を向けて座った。。 そして帰り道。 夜半に榎戸駅に到着した私は いつになくタクシーに乗った。 さっぱりしすぎた道を歩くのが それはとてもぞっとして そして悲しすぎて イヤだったから。。。 ただ、予算は木を抜いて搬送するところまではなかったようだから切り株になっている。 もしかしたら もしかしたら、新しい芽が芽吹く日も 又 あるかもしれない。。。 と考える以外にない夜だった。。。 |
| 7月31日 『 ママご飯作って 』 我が家の夕飯は大体19:00前後である。 老いた父とチビ息子のbest生活時間帯は とても共通しているものがあって その時間となっている。 ただし、私は仕事の都合で その時間にいない事も多々ある。 実家に出戻った当初1年間くらいは、自分がメインで台所に立てない事がもどかしかった。 一旦は家を離れて、独身時代は自炊を 結婚生活時はもちろん主婦として自分の台所に立ってきたので たまに人に作ってもらうのは嬉しいけれど、日常的に作り続けてもらう生活に違和感があった。 それに、お金を入れているとはいえ、いい年して親の家を頼ってきてるという居心地の悪さもあるので 更におさんどん迄してもらうっていうのは どうーも抵抗があった。 しかし、親達には親達の生活スタイル、時間帯、が既に出来てあり 40年もの夫婦生活を重ねてきているところ、例え好意からでも 手伝いすぎたりして介入するのは 向こうも居心地が悪いらしい事に そのうち気がつく。 交替で私がご飯を作ろうとしていた時期もあったのだが 全て、母任せで40年もの夫婦生活をやってきた父は、 娘とは言え母以外の人間に 自分が食するものを作られるのは大変恐縮してしまうらしく (事実、コーヒーだって私が入れて持っていくと居心地悪い様子) かえって、それで長年うごいてきた この家のリズムが狂うのが感じられるので ある時期から、私は自分がテンパルのを えいっとやめてしまった。 自分と息子の洗濯物と、自分たちの部屋の掃除以外は、ノータッチにした。 買い物の時に車を出す程度の手伝いのみにしてしまった。 エスニック、中華、イタリア料理が好きな私には 毎日 日本の基本的和食、徹底的薄味の食事は 時々「・・・・・」 と思うこともあるけれど でも、身体をつくっている最中の子供の為には全く申し分のない内容なので ありがたく 甘えてしまうことにしてしまった。 なのでそれ以来私が台所に入るのは、私と息子の朝食&お弁当作りのみ。 あとは任せてしまった方が 私も時間を気にせずに 安心して仕事に出られるというものだし 変なこだわりは捨ててしまった方が はるかに自然に暮らしやすい。。。 住宅メーカーの営業マンだったとき、2世帯住宅を何件か契約したのだが 当時の客観的経験から言ってもやはり、実の母娘であったとしても、台所は女性の数分あった方が上手くいく。 特に私の母のように、長年一家の台所仕事をしてきた主婦にとって その家の台所は、ある意味 彼女の聖地なんだと思う。 調味料の種類、置き場、調理器具の種類、置き場、食材の趣味、置き場、冷蔵庫の整理の仕方、 などなど、これはいかに実の母娘でも 同じにはならない。 それぞれの、動きやすいキッチン動線というものがあり、それは女の数だけある気がする。 ずっと夫婦という形を守り続けてきた母にとって、私のような生き方は時に 羨ましさを伴う反感を買う。 だから私も、なるだけ母の聖地を侵さないように、母の存在価値を侵さない様に、気を配る必要がある。。 ところが今日帰宅してから、息子と遊んでやっていると ふいにこう言われた。 「ママがご飯作って」 ・・・は? そうねー、じゃあ明日、たまにはママが作ろうか? 「違うの。いつもママが作って欲しいの」 ・・・・・・・。はっは〜・・・・・・ 。 実は昨日、同じ年頃の男の子がいる 友人宅に二人で遊びに言った際、お昼をご馳走になった。 料理上手な彼女なので (何をやらせても上手な人なんだけど) 当然手料理だった。 そしてみんなで楽しく食卓を囲んで美味しく頂き、 1日楽しく過ごして帰ってきた。 どうやら、その影響らしいと思いつく。 「○ちゃんみたいに ママにご飯を作ってもらいたいの?」 と尋ねると そうだとうなづく。 ぐっと熱いものがこみ上げてきたが、う〜んと考えた上 ママにはママの、ばーちゃんにはばーちゃんのお仕事があるんだよと説明していった。 それでもなかなか納得しない息子は、更に頑張って訴えて続け そのうち感極まってシクシク泣き出してしまった。 (簡単に泣きすぎだといつも怒られてるので こらえ泣き。。。) 「家はそういう家族だから、毎日ママが作るわけにはいかないんだけど でも ママのご飯が食べたいって言ってくれるのは、ママはとても嬉しいよ」 と言って、泣いてる子を抱きしめてやるしかなかった。 子供は身体の成長も目覚しいが、精神的な成長も目覚しい。 友人の先輩ママからは だいたい5歳くらいから 「比較」が始まるとは聞いていたが (誰ちゃんにはあって自分にはない or 自分にあって誰ちゃんにはない etc) もう始まってしまったか。。。という事は、他の子も、そういう成長段階を迎えてるわけで 夏休みが明けて、新学期が始まると 今度は他の子から うちの息子が 「なんで Kちゃんにはお父さんがいないの?へ〜んなの!」 と言われる日も近いわけだ。 子供の前で いちいち うろたえてはいられないけれど 内心ひやっとすることは多い今日この頃。 この夏休み中、息子としっかりいろんな話をしよう。。。と、そうしなければ。。と 心あらたに思った。 |
| 8月4日 『 夏を感じて 』 「 あっつ〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!」 ついにこう叫びたくなる日が来た。 カレンダーが8月に変わると同時に 見事に “夏” に変わった感じ。 今年の梅雨は ホントになかなか明けなかった。 一度に沢山降る、いわゆる土砂降りはなかったものの、シトシトとしたはっきりしない雨 傘をさすか迷う様な 雨が続く日々だった。 大抵、子供達が夏休みに入ると同時に雷台風がやってきて夏になるのが定番なのに 今年はそれがなくて 7月いっぱいまで、長袖をしまいこめない状態。 すいか農家さんは、売れ行きが悪いと嘆いていたし、(寒いと人はあまりスイカ気分にならないらしい) 野菜農家さんは、トマトが赤くならず,きゅうりも大きくならず,なすには“す”が入る。。。と嘆いていた。 唐突に日差しが強くなり、気温があがると、身体の方がなかなかついていけないもの。 あつーー・・・ 溶けるーーー・・・ と うだうだしてしまう。 とは言え、子供達は(うちのチビも含む) 汗をだらだら流しながら飛び回っているが・・・。(あのパワーは何処から?) でも、暦は8月なのだ。これでいいのだ。日本の夏はこうでなくては。 「暑いですね〜」 と口々に皆んな 言いながらも、言葉の奥にどこか安堵感が感じられる。 やっと、この台詞が言えたわ・・・というような 安堵感。 四季が巡ってこそ、『日本』だものね。 あー。。。でもしかし、やっぱり暑い〜・・・・・・ お風呂上りは さらに暑い〜・・・・・/(〜0〜;)/ なかなか引かない汗を ようやく拭い終えて Tシャツをスポッとかぶった瞬間、「 あっ !」と思った。 あ〜・・・ 久々の感触。。。 カラカラに乾ききった、コットンの感触。 梅雨時期は部屋干しが続くから、今まで何となしに服も湿っていたんだなーと気がつく。 西瓜だ、海だ、プールだ、蝉の鳴き声だ、ビーチサンダルだ、麦わら帽子だ、etc・・・ 夏を感じさせるものは 沢山あるけれど 完全に太陽の日差しで乾ききったTシャツを着た瞬間 今までで一番 夏を感じた。 |
| 8月6日 『 いい事と悪い事 』 今日は広島に原爆が落とされた日。多くの犠牲者に黙祷を捧ぐ。 先日、大学4年生が慰霊祭に寄せられた折鶴に放火するという事件があった。 「留年が決まり就職口もなくむしゃくしゃしてやった」らしいが、 私に言わせればとんでもなく馬鹿である。 学校名を聞けば、なかなか有名な大学。 入学するのにはそれなりの難関を突破しただろうに、学力はあっても道徳心と一般的常識がゼロと言う事か。 子供が子供を殺し、20代の若者が高校生をバイトに使い小学生を売春行為に勧誘する時代。 子供達が連結してオヤジ狩りと称して窃盗を働く時代。 口をあんぐりと明けてしまうような事件があいつぐが、そのたびに驚かされるのが 捕まったあとの彼らの動機説明。 大抵、はあ?っと言うほど、くだらない単純な理由なのである。 「お金が足りなくなったから」 「つまんなかったから」 「ちょっとむしゃくしゃしてたから」 もちろん最後には反省してますと、付け加えられているが、 おそらく自分のした事の本当の恐ろしさを、彼らは本当に理解して反省してる訳ではないと思う。 やっていい事とと悪い事の 区別がつかないまま、身体だけ大きくなってしまった人間が増えた。 既に出来上がってしまっている基本的観念から、根っこから間違って育ってしまっている。。。 『今の子供達』 『今時の若者』 世間もメディアも 直ぐにそう区切った問題に取り上げるが 果たしてそうかしら?と思う。 「 三つ子の魂百まで 」と 昔から言われるように その子の育った環境がその子の基本的観念を作り、人格形成していくと 私は考えているのだが とすると、今の若者が幼かった頃、周囲に居た大人は現在の何歳の人達か? 今の高校生、中学生、小学生、が3つだったとき、そばに居た大人たちは現在何歳の人達? あなたなら、 ○ 灰皿の無いところで タバコを吸いますか? ○ 飲み終わったから邪魔だからと道に缶を捨てますか? ○ 車の中にゴミが溜まり灰皿の中がいっぱいになったから、車窓から外に放り出しますか? ○ お店の売り物を端から落としたり、こわしたり、食べちゃったりするのはどうですか? ○ 公共の乗り物内、あるいは街角で、騒いだりベタベタ座るのは人の迷惑だと知っていますか? ○ 自分がされて嫌な事、痛い事、悲しい事は 絶対人にもしていないですか? ○ 人に何かもらったり、してもらった時に「ありがとう」と言ってますか? ○ すぐに謝れる 潔さを持っていますか? ○ 自分より弱い者に対してのみ、大柄な態度をとっていないですか? ○ 道で倒れている人、困っている人に、さっと手を差し伸べることは出来ますか? 思うに、家(うち)と外の区別がつかない人間が多すぎる。 自分さえ良ければそれでいい、自分の手さえ汚れなければ構わない、という人間も多すぎる。 自分の心地よさを確保する為に、他人が嫌な思いをしようと傷つけられようと それは全然気にならず、自分にその責任があるとすら思わない。 それは傲慢というものだと 私は考えるけれど、そう感じてくれる人は世の中何人いるだろう・・・。 幼い子供の学習能力は高い。 サルマネではないが、見えるもの聞こえるもの 五感に感じるもの全てを吸収して育つ。 だが、小さい子供だけに当然せまい世界で最初は育つものだから その限られた世界に居る大人たちが、たまたまみんなそろって「傲慢」人だったとしたら 運悪くその子は その「傲慢」さをしっかり吸収してしまうだろうし、 それが彼(彼女)にとっても当たり前の 基本的観念となって成長していってしまう。。。 その繰り返しではないのだろうか・・・? おかしいものをおかしいとは全く感じない、悪い事を悪いと思わない、 むしろ おかしい、悪い事だと思う人の方が不思議とすら感じてしまう人間が増えれば増えるほど 世の中、なにが正しくて何が悪いのか そこから狂っていっている様に私は感じる。 |
| 8月7日 『 プール』 午前中の仕事を終えて、家に帰るとチビが心細そうな笑顔で待っていた。 どうやら、いつもの遊び仲間が本日は皆お出かけで、一人ぽつんとした気分だったらしい。 よーし!そいっじゃ、プールでも行くか〜?! と言うと、うん!と たちまち元気になったので 大急ぎで支度して 幼稚園児入場無料券というのが幼稚園からもらってあった、「酒々井ちびっ子天国」へ向かった。 家から車で15分とかからないのだが 電車で行くと 乗り継ぎ乗り継ぎで 1時間以上はかかるところにある。。。(千葉ってそういうところです) 到着すると、あれ?駐車場がない? そう言えば、車で来たのが初めてだった。 大体、最後に来たのが中学生の時だから、記憶も薄いんだけど・・・・・。 近くの有料pを借りるしかない事がわかって、「げー!」と思った。 あまりに慣れてなさそうな母子に見えたのか、 14:00過ぎに来たからなのか、おじさんは駐車場代を500円にまけてくれた。ラッキー。 正規の値段きかなかったけど、ホントはおいくら万円だったのかしら・・・?^^? さてと、チケットチケット、大人はいくらかなっと。。 !!! ここで再び「げげー!」となってしまった。 大人一枚1200円なりー。ちなみに幼稚園児は200円だから、200円分安くなっただけか〜。。。 何しろ、子供の時しか来てないから、百円単位のお金しか払った記憶がなくて 券売機の前で、ものすごく浦島太郎な気分におちいった。 さてさて水着に着替えていざプールへ!・・・・・・ あれ? もちろん家のビニールプールと幼稚園のプール以外に入った事のない息子は大歓声。 でも・・・ あれ、ここってこんなもんだったかしら。。。 記憶ではもう少し広かったような。。。 流れるプールがどこまでもどこまでも続いていたと思っていたけれど 実際は容易に全体が見渡せる規模だった。 ・・・・・f (・0・;。。 う〜ん、まあ、子供の時の記憶なんてそんなもんなんだろうな〜。 浮き輪にしがみついて流されながらも、嬌声をあげて大喜びする息子を眺め 今この子のイメージの中では、一体どのくらいの広さのプールになっているんだろうな〜。。。 と考えると同時に、あー私ったらもう子供じゃないんだな〜。。。と今更馬鹿な事をシミジミ感じてしまった。 |