| 〜 2003.taka's Simple life〜3.25.〜4.3 |
| 3月25日 『整体師は自給自足?』 朝、起きた時、何となくお腹が痛かった。 母と顔を会わせると、彼女も開口一番、「風邪を引いたらしくて頭が重くて辛くて・・・」と訴えてくる。 ふーんと(内心それどこじゃない)聞いていたら、私のお腹のほうが、我慢できない痛みに発展し、 ついには椅子から落ち、床に九の字になってうずくまってしまった。 こんな時、一般家庭では大騒ぎになるんだろうけれど、泉家は結構Coolなので しばらく「勝手に」「一人で」「床に転がってる」事になる。 まあ、私の仕事が仕事なので、自分で何とかするでしょ、という感じ(−−;。 いつもながら冷たいな〜と思いつつ、ちびがいるので、あんまり騒がないで居てくれるのかと思い直す。 そして改めて自分の痛みと向き合ってみる。 痛い部分に手をしっかりあてる。一瞬盲腸かと思ったが、場所がずれてるようなので違うな。。 ひきつるような激痛で、上体を上げることが無理。 内臓?or筋肉? 痛みの中で考えた。 そのうち、母が上から毛布をばさっと掛けてくれたので、あったかくなった。 すると何となく楽である。 はは〜、てことは筋肉ってことか。じゃ、いいや・・・・・。何だ〜病気じゃないのか(変に気抜け)。 さてとと少しずつ深呼吸を始めて、筋肉を弛緩する準備。そして徐々に自分でつぼをあてていく。 ほら、上体を起こせた。ふーっ。 白湯をもらい、心配そうにそばによる息子に、大丈夫だと言ってやる。 仕上げに足裏の反射区を揉み解したら、もうほぼ復活だ。 こんな時、何ともいえない、むなしさがなくもない(苦笑。 自分で自分を楽に出来ていいわねえええ! と言われる事は多い。 確かに 便利かもしれないし、お金もかからない。 こういうのも ある意味 「自給自足生活」と言っていい気もする。 でも、やっぱり、それって ちょっとつまんない。 自分で痛くなって、自分で、その痛みをとる・・・・・ やはり空しい気がする。 うーん、人の痛みをとるのは遣り甲斐があるっていうもんだが、自分はね〜・・・。 以前も、友人に自分の腰を自分で緩めた話をして、そしてそれが別に嬉しくも無いという話も伝えた。 すると 友人が ふんふんと 聞いてくれた後、こう言ってくれた。 「ははーん。つまりは自分で作った料理を自分で食べるようなもんね」 OH!good!まさに似てる!そう、そんな感じである! |
| 3月27日 『 養育費 』 相互リンクに ご協力頂いている「母子家庭共和国」さんから、4/26開催の「養育費実態調査報告シンポジウム」 についてバナー&リンクの協力を案内された。(リンクの小部屋参照) 離婚して、子供を養育していると知ると、 「慰謝料たくさんもらえたんでしょ?」とか、「養育費もらってるんでしょ?いいわね」 なんていう風に言う人は 結構いる。かなりいる。 ちなみに うちの場合、約1年かけて離婚調停を10数回繰り返したが 相手方は何が何でも一銭も出さないの一点張りで、一向に話が進展しなかったので 結局私が、そんな奴から養育費なんかもらってやらんわいとした事で やっと離婚成立している。 なので文字通り、着の身着のまま実家に戻って 全てを一から始めて現在に至る。 だから1円ももらっていないですよと答えるのだが、そんな訳ないと不服そうな反応の人が多い。 どうやら、テレビのワイドショーなんかで芸能人の離婚ニュースをよく流すが、その影響だと思う。 離婚すれば必ず多額の慰謝料、子供を引き取れば養育費が保障される、と信じ込んでいる人は多い。 だが、実際のところ一般庶民レベルではどうなのか、という事をまとめてくれたのが今回のシンポジウムなのだろう。 私個人的には、世間様に迷惑をかけずに生活していけて、子供に害がなければ、 一部の方々にどう思い込まれようが 関係ないと言うか、どっちでもいいという感じである。 息子のために、父親の証として是非負担して欲しいと 思っていた時期も確かにあったが・・・。 自分が我が子を愛している事、何より誰よりかけがえなく大切である事、 それが全てであると、それだけでいいじゃないかと いう風に視点を変えてしまったほうが 呼吸がしやすいし、今を幸せに生きやすい 気がしているからだ思う。 しかし、こうして養育費実態調査を改めて結果されると やはり胸が痛む。 子供を体内から産み落としたのは女性だが、二人の血を分けた愛すべき子であるのにね。。 女性の場合、結婚している時点でまず就職先が減るし、子供がいると言うだけで相当嫌な顔をされる事が多い。 更に離婚したとなると 必要以上に白い目で見られ、就職先を確保するには本当に困難。 地方に出れば出るほど、その傾向は強い。 私は実家に戻る事が出来たので、住居が安価で確保できたし、職も確保しやすい状況にあった。 だからこそ、気持ちの問題だけで「いらない」と言うことができた。 でもそうはいかない人の方が多いはずだ。 働くにしても子供の預け先はどうするか、そして子供が病気がちだったらどうするか、 身動きとれない状態で、ただ預金が減っていくのを眺めるしかない人も多いだろう。。 じゃあ離婚なんかしなきゃいいじゃん!という意見もあるのかもしれない。 ある意味 とても幸せな人の意見であろうけれど。 人の痛みも苦しみも、その人本人にしかわかり得ないものである。 だからこそ、人の痛みを 自分の立場におきかえて、考えてみることを 皆がはじめてくれたらいいなと思う。 それで相手の辛さが本当に理解できる訳ではないだろうけれど、 少なくとも、その気持ちは伝わるはずだから。 世の中の人 皆がそうすれば、きっと戦争なんてものも 無くなるんじゃないのかなあ・・・・・・。 |
| 3月28日 『 達・成・感 』 何のことは無い、今日で歯医者さん通いが終了したという話である。f(^^; でも私にとっては とっても万歳な気分で「やった〜」という達成感があることなのだ。 私がよちよちの頃、世の中にカルピスという物が売られ始め、TVCMでも盛んに放映したらしい。 昔からメディアの影響を受けやすい父は品名から、カルシウムそのものの飲料に違いないと勝手に思ったらしく 歯がまだ生え揃わないうちから、哺乳瓶でひたすらカルピスを飲ませたらしい。 そして飲みながら寝てしまう事もしばしばだったらしい。 現代の産婦人科医、小児科医、歯科医、に言ったら、相当お目玉をくらいそうな事であり もちろん糖分と乳酸菌に浸され続けた歯は、根っからの虫歯だらけ。 かくしてその後、30年以上も歯医者とは縁が切れない身の上になってしまった。 (あ・別にカルピス自体が悪いわけじゃないっす。飲ませ方と管理に問題があっただけです。カルピスさんごめんなさい。) でも、社会人になってからは、歯医者さんに通いだしても途中で放り出してばかりだった。 仕事の都合で行けなかったりしてキャンセルの電話を入れ、そして次の予約日も又いけない事情ができ・・・ そんな事を繰り返しているうちに、行き辛くなって、行けなくなってしまうのだ。 行き始めた時の痛みがとれてしまい、ついつい、面倒になってしまったのもあったし・・・。 息子の出産を控えていた時に、精一杯歯を食いしばって息める様に、今こそ全部治そう! と固い決意で通っていた時も、あと一歩という所で、切迫早産による入院になってしまったため、断念。 なので、昨年、自宅のすぐそばに歯科医院がOPENした時、これはいよいよ治し時だわと観念(?)した。 (でも往生際が悪いので、通いだしたのは今年に入ってからだけど。) 「はい。じゃあこれで終了にしましょう!」 と先生に言われた時、何ともいえない ピュアーな気分になってしまった。 小学生が、夏休みの宿題をきちんと期限に提出して、先生に受け取ってもらえたような そんな感じ(どんな感じじゃ)。 すっごく うきうきしてきていたので、 「また何か調子が悪くなったら、いつでも診せてください」と結ばれると、 子犬がキャンキャン喜ぶように、「はい!わかりました!」、と年甲斐もなく、キラキラ答えてしまった。 あ〜嬉しい。ほんとうに嬉しい。気分爽快。やっと人並みに(おおげさか)なれたわ〜。 ひとつ心残りがあるとすれば、待合室の漫画本・・・ 「課長島耕作」を6巻の途中までしか読めなかった事。 銀座のママさんの典子がかっこよくて大好きで、もっと読みたかった・・・。うーん。やはりちょっと心残り。 |
| 3月31日 『危険なオーラ出しちゃった?』 わが八街市内で車を運転していると ほんっとうに運転マナーが悪い車が多すぎて危険である。 まず、進行方向を変える際に ウィンカーを出さないことからはじまり、 道をゆずって行かせてあげても、挨拶の手ひとつあげない。 一時停止の路地から アクセルベタ踏みの車が出てくる事もしばしばだし、 前を走る車が、突然止まったり、突然バックしてくることも多々ある。(改めて言うと結構怖い事よね) 八街において優先道路の意味を成さない事が多く、右から来る車なんか一切確認する事も無く左折してくる。 だから、自分は交通ルールを守っていても 大変事故をもらいやすい、 運が悪ければ、こちらが悪いとなってしまうような 状況が日常茶飯時。 清く正しい運転を 日々心がけるドライバーにとっては 大変デンジャラスな街なのだ。 本日も出張先まで 片道30Kmの地点を走っていた。 するとコンビニの駐車場から、すぐ間近まで来ている私の車を全く見ることなく 1台の軽が グイン!と入り込んできた。 私が普通にアクセルを踏んでいたら 間違いなく追突のシーン。 でも、やばそうな車は何となく雰囲気でわかるので、「もしかしたら」と急ブレーキを踏む心の準備をしていた為、鼻先50cmで何とか追突を免れた。私の後ろの車も車間を空けていてくれたので助かった。 そういう時、私は無事であっても絶対盛大にクラクションを鳴らす。 だって、後ろで超危険な思いをさせられているのに、当人は全く気がついてないのだから。 今後の為に、「私危険だったのよ〜!」と伝える為に、ぱっぱっぱあああああ〜と鳴らす。 なので、今日もそうした。 すると、その軽自動車はいきなり停止し、運転席からバーンと若いアンちゃんが飛び出してきた。 「何だてめー!この野郎!」と 怒鳴りながらこちらに向かおうとしている。 逆切れである。 全然自分のしたことがわかってないから、ひたすら頭にきているらしい。 げげ!と思ったが、そんなことより何より、私はこれから仕事なのである。 まだ30kmもあって、混雑が予想される地点も通らなくちゃいけないし、 こんな所で、子供の相手をしている時間は全く無いのである。 まして、人様の身体を施療しに行く前に、自分の気持ちが荒れるようなことは避けたいし・・・ などと、頭の中でブツブツ考えていた。 あいつ、私の車のドアまで来るかなあ〜、そうなると面倒くさいなあ・・・と更に考えながら、 アンちゃんの顔をただ じっと見ていた。 彼も、ぎりっと歯を食いしばった様子で私をみていた・・・ と、思ったら次の瞬間、自分の車に そそくさと乗り込み、普通に発進して行ってしまったのだ。 「?」と思ったが、私も続いて普通に発進させた。 その後、しばらく6kmは続く1本道を 普通に一緒に走ってしまった。 別に追いかけるつもりはないが、私だってこの道を走って目的地に行きたかったし。 いつまでも後ろに居る私の車が嫌だったのか、その軽は途中でわき道に曲がっていってしまった。 やーん怖かったあ〜、よかったあ〜、何にもされなくて〜、と安堵してから 考えた。 ところで、何で彼は そそくさと車に戻っちゃったんでしょう〜?エライ勢いで出てきたのに。 ちなみに私の車は国産のステーションワゴンで、別に何の変哲も無い車だし。 色が入ったメガネ掛けてるけど、真っ黒なサングラスって訳じゃないし。 座ってるから、でかい(身長175cm)身体で 威圧した訳じゃないはず・・・だし。 うーん・・・・・。??? 目線が怖かったのだろうか・・・・・? いやいや!女相手に切れてしまった自分があほらしくなって改心してくれた、と思う事にしておこう! 是非 そうであってほしい。。f (^_^;; ※注※ 私は決して昔 ヤンチャさんだった事とかはありませんので;;;;; どうか、どうか、誤解をまねかれませんように。。。。。 |
| 4月1日 『木が泣いている』 仕事が長引いてしまい、今日の駅からの帰り道は真っ暗な夜となった。 田舎の道はとても空気が澄んでいて、夜道を歩きながらも とてもリフレッシュできるものだ。 ただ最近は夜間でも車の量が増えた為、昔ほどには透きとおってはいないけれど それでも都心部から帰宅すると、無意識に深呼吸したくなる。 途中、右手に田んぼが ぱーっと広がり、杉林に挟まれた坂をのぼれば家はもうすぐ。 この辺が一番好き。晴れの夜には月明かりで田んぼが映し出されて美しいし、湿度の高い夜は霧がたちこめて木々が幻想的に浮かび上がる。 ところが ここ最近その杉林の伐採が急速に進んでしまった。 チェーンソーの音が鳴り響き、あれよあれよと言う間に 毎日次々と切り倒されていった。 花粉症一家としてはシーズン中うらめしく眺める事も確かにあった杉だが、 でも愛していた。 悲しかった。 また家が建つのだろう。 とは言え、我が家の立つ土地も20数年前もともとは山林であったのだから、勝手な言い草なのかもしれない。 いつもなら楽しい道のりも、今夜は何だか切ない。 先日 4歳の息子が言った台詞が思い出された。 「ママ、木が痛そうだね、木は痛くて泣いているよ。あのおじさんたちにやめてって言いに行こう。」 胸がキュッとなった。 戦争中の他の国では同じ頃 自然どころかリアルタイムで人が死んでいっている。 その国の人々は 木々の生命を思うどころの騒ぎではない。 でも それは悲しい事だ。 自分は今 何て 恵まれた環境で子供を育てているんだろうかと思った。 横たわる幾本もの木々を見ながら 遠い戦地で横たわる人々の姿を思い、 やっぱり切ない帰り道だった。 |
| 4月3日 『たかゆきと書いて』 名前の話。 20代の中盤に、旅行添乗員をやっていた。 どんなツアーも添乗員の自己紹介から始まるのだが、私の場合いつも定番。 「添乗員の泉 貴之と申します。いずみは一文字で泉、 貴之の貴は貴乃花のたか、の は平仮名のえに似た漢字で"たかゆき”と書いて“たかの”と読ませて頂きます。」 もうカレコレ33年以上、この名前で生きてきているので 自分は当たり前だが慣れている。 が、大抵の場合、“たかの”と最初から読んでもらえることはない。 過去3人(貴重なので覚えている)だけ たかのと読んでくれたが、 まず、“たかゆき”である。 そして必ず 「男の子が欲しかったんですね」 →男2女2の4人兄弟と言うとがっかりされる。 「名前と名字、逆で “たかの いずみ” だったら可愛かったのに」 →大きなお世話である。 「男性と間違えられませんか?」 →はい、そのとおりです。 この3つのいづれかを言われる。もう何万回答えたかわからない位。^^; 両親いわく、4人の子全員とも姓名判断に詳しい知人の方に 名づけて頂いたとの事。 みんな期待して他の兄弟の名前を聞くけれど、他は拍子抜けするほど平凡な名前であるのだが・・・。 今でこそ 結構気に入ってきてはいるけれど、それでも色々面倒な事も多い。 小学生の頃、クラス替えのたびに嫌だった。 先生が生徒一人一人の名前を呼んでいく時、もう男子が終わって女子を呼び始めているのにもかかわらず私の番にくると“いずみたかゆき君”と君付けで呼ぶ。意地でも返事をしないで居ると、何回でも呼ばれてしまい、新学期そうそういやあなムードになった。 高校生の頃、電車の中で通学定期を車掌さんに見せたら、誰の物を使ってるんだといきなり怒られた。 自分の健康保険証を持つようになってからは、医療機関に行くと必ず、 「で、あなたの名前は何処にあるんですか?」 「本人です」 「ええっ?」という会話をしなければならない。 営業マンだった頃、名刺交換をする際に相手の方が たまたま「貴之たかゆき」さんと言う場面が年に3.4回の割合であった。 同性なら何てこと無い瞬間なんだろうけど、あきらかに異性であるので、 お互いに驚いたまま、しばし両方の名詞を握り合って離さなかったりして、なかなか交換完了しなかったりする。第三者的に見ると なかなか可笑しい場面だろうな と思う。 時折、もっと女性らしい名前だったら、私の人生変わっていたかしら・・・と考える。 ついでに身長もあとせめて10センチ低かったら、更に人生変わっていたかも・・・とも考える。 もしも・・・もしも・・・と考えてみるのは時々たのしい。 でも結局のところ、私は自分のここまでの人生をとても面白いと考えているので、 やっぱり この変わった名前で良かったんだと思う。 ちなみに、息子には 誰が読んでも読み間違える事も性別を間違える事もない名前をつけましたが。^^; |