| Simple Life 2004.5月6月7月 |
| 5月14日 「りにゅーーーーーーっつ!」 長かった・・・ここまでじつうに長かった・・・(T-T) 当初の計画では今年に変わると同時にリニューして登場するはずが ああもう5月も半ばであった・・・。 もともと、以前のページに自分ですっかりあきちゃっていたので(見る人はもっとですよね・・・) topを変えちゃいましょうと思ったのがきっかけのこのリニューアル。 加えて レイキのことも今まで全然 HP上で営業紹介していなかったので それもありました・・・。 ただ、レイキに関しては元々 自分のために始めた事で、施療現場で活かそうとまでは考えてなかったし 何しろ目に見えないものだし、何やらtakaさんあやしいことに手を染めたのでは-ー?と誤解されても何だからと 中々サイト上で あんまり公開してこなかったというわけでした。 でも、そうは言うものの 実際にはレイキを必要とされる方が、多くなってきているのが現状で HPに紹介していない方がかえって不自然になってきたのもあったので思い切って全面リニューをかけちゃいました。それでもって 変えるなら、どうぜ変えるなら・・・といろいろ欲張っていたらばこんなに日にちが経っちゃってましたのですよ。 デットヒートは 息子の幼稚園の春休みが終わってからで、でもGWなんていうのもあったもんで、またもやPCに向かえない日々が続いちゃいまして じりじりじりじりと延びちゃいまして、その間「最近どうしちゃったんですか?」なんていう御心配のメールなんかも沢山頂いちゃいまして、待っててくれる方々がいるんだなーとジーンと胸を熱くしながら、それを励みに久々に明け方までPCに向かう日々を越えまして ようやくようやく本日のUPでござりますー。 でも、このページに関しては久しぶりにフレームなんかを使ってみたりしたので、いまいち不安。。。 うーん・・・と思いつつ迷いつつ、でもUPしちゃいましたー! 今後とも皆様よろしくお願いしますですー! |
| 5月15日 「あさごはんはお庭で」 午後から仕事の土曜日である。 幼稚園はお休み。父も母もそれぞれ出かけていたから 息子と2人だけの時間。 土曜は半ドンなんてもう死語だけど、私の場合逆半ドンで、午後から夜半まで仕事になることが多い。 「まま今日お仕事おやすみ?」 「ううん。お休みは明日だから、今日はお昼から仕事に出かけるよ」 「そうかー・・・」 今年に入ってから、土日のどちらかを休みにしているので、土日でも「仕事だよ」と言いやすくはなった。 息子にも、どちらかは休みになるというリズムが定着してきて、“どもり”もほとんど消えてしまった。 それでも、やっぱり 土日の朝には必ず 休みかどうか確認して来て、で、仕事だとがっかりするというのはゲームのように繰り返されることは繰り返される。 「さあて 朝ごはんどうしようか」 私も完全に休みの日は、朝ごはんも昼ごはんもお弁当にして出かけてしまうことも多い。 以前は逆半ドンの時も、無理やり公園に出かけたこともあったのだけど、それをやると彼も途中で帰らなくちゃならないから そこで余計に切なさがつのるようなので、この頃は出ても家の周りにしかいかなくなった。 「そうだなー・・・」 そんなわけで 何をしても中途半端になってしまうことを 悟ってしまった彼は決めかねている。 庭を見た。今日はとってもいい天気で、ガーデニングとはほど遠い感じの 我が家の小さい庭にも気持ちの良い日差しがあふれていた。 「じゃあ、今日は庭で遊ぶよ」 えーと、だから聞いたのは朝ごはん・・・。 ふっと思いつく。 「そうだー じゃあお庭ピクニックしよっか」 うん! ぱっとはなやぐ小さな笑顔。 何にしよ? ホットドックがいいっ! じゃ、手伝って! あ!じゃあぼくシートもってくる! 小さな庭に 一帖敷きのレジャーシートを ばっと広げる。 ありあわせで作ったホットドックやサンドウィッチの皿をならべて、気分を出す為に水筒もおいて 外用のプラスティックコップを並べたら 気持ちは すっかりオープンカフェ。 あーあのイチゴ 明日あたり赤くなるねー あ!あそこ、芽が出てきたねー だんご虫だ! (ひょえ〜) 食べ終わってから あんまり気持ちよくて 2人でシートの上にごろんと寝そべった。 日差しがぽかぽか気持ちよい。。 あー また日焼け止めぬるの忘れたーとぼんやり反省ながら こういうのって楽しいなーと思った。 |
| 5月21日 「せのびー」 子供も5歳児になって 幼稚園の年長さんともなると、みょうお〜に大人びた発言が飛び出す事もあり どきっとしたり、笑いをこらえたりすることも多くなる。 2歳の頃 周囲に比べたら、言葉の出方が遅いなー と悩んだ時期もあったのに どもりが強くて悩んだのも つい最近のことなのに。 やっぱり子供って大人とは違う時間の流れ方をしてるんだなー と思ってしまう。 風邪気味の息子に セノビーSENOBYという商品名の飲料水を買ってきてあげた。 ほんとはポカリを買うはずだったなーと思いつつ、その売り場にはポカリがなくて もう熱も下がって数日たつので、何でもいいやと選んだ。 カルシウムが2倍やら何やら、たまにこういう商品のキャッチフレーズを鵜呑みにしちゃうのも楽しい。 「はい!きょうちゃんセノビーだよ!これ飲むとぐぐーんと背が伸びちゃうらしいよ!」 どうする〜?ママより大きくなっちゃったりして〜!」 これで 頼んだはずの飲料が本当はポカリだったことを すっかり忘れ去ったらしい息子。 きらんきらん目が輝いてくる。 年長さんになって、周囲と自分と比較する という成長過程を順調に辿ってる彼は 大きくなった 背が伸びた 体重が増えた ということにこだわる。 体重計にもショッチュウのって、うっかりわずかに減っていると何度も悔しがり乗り直したりする。 柱のキズは〜♪じゃないけど、ショッチュウ柱にからだをつけて身長をはかりたがる。 こんな私の子供なので、決して小さいわけではないのだけど、 12月生まれの彼なので、4月5月生まれの子も当然いる同級生の中では一番大きいというわけでもない。 でも、一番大きくなりたいらしい。 まーねー 確か私も小学校の低学年までは大きいと言われて喜んだもんだったし。 その後 私って女だからこのままじゃまずい?でかすぎ?と気がついたのは小学校の高学年からだったし。 いいねー 大きくなるのが嬉しいなんていう時代はねー ぶつぶつと一人シミジミ。 まー君は男だから、何も気にせず伸びていってくれたまえ・・・。 「おいしーよ♪ ママ!これいいね!」 あーそーお?そりゃあよかった。 「おじいちゃんも飲んでみて!」 自分が美味しいものは 必ずみんなに薦める子。 おじいちゃんなら、逆にちぢんじゃったりしてえ〜とか、笑いあって喜ぶジジと孫。 はー いいねー ほのぼのした光景。 ここ数日続いたりした息子の熱と咳が どおやら峠を越したらしいのを見て取って よけいに気が和む。 「ママー!ママも一口飲んでみて!」 えー?ママ歯磨きしちゃったんだけどなー じゃちょっとね と、口を近づけたら とたんにハッとした顔になった息子。やばいっという顔。なんじゃい? 「ちょっとにしてね!ほんのちょっとだよ!」 はいはい、と ほんとに一ちりっとしか飲まないで、ボトルを返すと あーあ・・・という何やら複雑な顔をしてる。 なにさ?と聞くと、 う〜ん・・・ と 困ったような笑い顔を作って 言いにくそうに 「だって これ以上・・・」 どうやらあとに続く “でかくなったら大変だ” という言葉を 飲み込んだらしい息子。 子供なりに、いったらヤバイと感じたのかと思うと ぷぷっとくる。 気をつかってるのねー。 「ん・まー!失礼ねっ!」 と言い返したら、 大笑いして 「天井につくくらいになっちゃったら、横になってれば大丈夫だから大丈夫だよ」 と 慰めて?くれた。 それから毎日熱心にSENOBYを飲み続けている(もちろん自分だけ)息子。 大きくなってくれ。 |
| 5月26日 「いーてぃーすぃ〜っ!」 ついにETC(有料道路自動料金収受システム)をつけた私。 以前は、「そんなもん・・・大した変わりないわー いらんいらん」という派だったのだが 主張専門で飛び回る生活をしていると、どうしても有料道路の利用頻度が高くて やっぱりな・・・と考え直したのだ。 通行券の受け取り方は ETCに負けないわっと 気合で しゅぱしゅぱっと誰よりも?早く受け取れる私だけど(変な自慢) 料金所では やはり列に並ばなくちゃならない。 どの列が早いかなーと 心の中で賭けをしながら 最後尾に着くのだが 隣の列の方が早かったりすると 損した気にもなる。 少し前までは左から2番目が空いてる説というのもあったけど、あれはもう過去の神話だし。 そんなこんなで、ついに我がシャリオにも付いちゃいました!E・T・Cぃ〜〜っ! 最初の日は そりゃあもうドっキドキ。 「ママね、車に機械つけたんだよー♪」と助手席の息子に自慢してから発進。 当然ながら何のことやら?という息子に 一生懸命説明しながら走る。 「これからはね、もう料金所で券もらわなくていいの」 はあ?という息子も、とにかく母は嬉しいらしいとわかり、くすくす笑っていた。 早速インターチェンジが近づいた時、胸がきゅきゅーっとなる。 ETC専用ゲートよ!あれあれ!あれくぐっていいの! 20Km以下に速度を落としましょうという注意を忠実に守って(最初だし)慎重にゲートに近づく すると「ぴいぃーっ!」「ぴっ!」という機械どおしのやり取り(?)があって 一瞬の後に遮断機があがった。 ひやあーっ! はやーっ! いいのね?いいのね?いっちゃうよーっ!(はよ行きなさい・・・ ^^;) うわーはっはっはー やったーっ!ばんざーいっ! すいーっと走り抜けながら 嬉しくて 「あーはっはっはー!」 と笑いがとまらない私。 ようやくETCの意味がわかった息子も 「へーっ!凄いねー!ママいいのつけたねー」と もらい興奮。 でも、その後ゲートをくぐるたびに いいねー はやいねー すごいねー と (^▽^) ずっと大騒ぎしてたら、さすがに呆れられた。わかったよもー とぶつぶつ言われても 笑いが止まらない初日だった。 その後、あっちこっちでETCってすごいねーっETCって便利だねーっとしゃべりまくったら、結構既にみんな付けていて ちょっとなあんだ〜と思ったけど 仲間入りできたじゃーん♪と 又うれしくなる。(←あほ?^^?) 50000円前払いしてしまえば 58000円分走れるし。^^。もう素敵っ! 領収書溜まらないし(単に整理するのがめんどくさかった・・・)♪首都高も地方道路も一括清算だし♪ ららら〜♪便利便利〜♪ ただ、やっぱり難点がないとはいえない。。 ひとつ。料金所やゲートで止まるのって、意外に小休止になってたんだなーと気がついた。 確かにぶっちぎりで あっというまに目的地に着いちゃうけど 走りっぱなしって、結構疲れるのね・・・ と へーと思った。 も一つ。簡単すぎて、お金を払っている自覚がかなり薄れる。(^^;) 最後にも一つ。 料金所のおじさんとの会話が、もうなくなったこと。 ぶっきらぼうな人も多いけど、さわやかな挨拶をしてくれるおじさんもいた。 初めての出口なんかだと あのおじさんはどんな風にお金受け取るのかなー と考えながら止まったりする。 だいぶ昔、首都高錦糸町入り口でのおじさんは名物だった。 領収書をくれながら「よっ!今日もべっぴんさんだねーっ!いってらっしゃい!」と声をかけてくれる。 もちろん みーんなに言ってくれてるんだけど おかげで憂鬱な朝もぱーっと晴れやかな気分になったものだ。 そんなことを思い出したら、ちょっと切ないような気もしないでもなかった。 でも、それでも便利便利♪やっぱりべんり〜♪ しばらくは 高速に乗るのが楽しみで仕方ないかも♪ |
| 6月11日 「手帳をなくした日」 朝、幼稚園バスを見送った後、さあてと♪ わくわくしていた。 午後まで フリーだったので、溜め込んでいたことを 片付けてしまおう♪本も読めるかな♪ なんて感じに 解放感にひたっていた。 習慣で手帳を開いて予定を確認しようとした そのときまでは。 ない・・・。 仕事用のバッグの中の手帳の定位置に 無い。 あ・れ・・・? まさかね と 中身をひっくり返して探す。 でも 無い。 車!あー 車ん中よ 絶対。・・・・・ 無い。 再び2階の部屋に戻り、一から探しなおす。 ・・・・ 無い・・・ (−□−;;;・・・ やばい・・・・まじで? そんなわけない・・・ けど、ない・・・。 ざざ〜っと 心底脂汗が出た。 何しろ、手帳には今年に入ってからの仕事の予定が全部記されており、 ずぼらな私は、手帳に全部書いてあるから〜 という甘えで、PCに今年の仕事の記録をまだ写してなかった・・・。さすがに患者さんの住所録は手帳とは別だから それは大丈夫だ・・・ とは言え・・・。 おーい・・・・・ まじ? カバンの中をひっくり返す、部屋中ひっくり返す、思い立って階段をだーっと降りて 車に戻って探す 再びだーっと二階にあがり、探す、まただーっと降りて 車の中を探す・・・ 顔面蒼白でこれを何度も繰り返した。 落ち着かなくちゃ思い出さなくちゃ、えーとえーと・・・。 最後に手帳を見たのは運転中の車の中だった。てことは、 と、その後伺った2件の方がたに電話する。 探してもらう・・・ が、やはり無い・・・。 てことは、外に落とした可能性が高いのか・・・。確かに昨日はバッグがパンパンだった・・。サイドポケットの手帳は入りが浅かったかもしれない・・・なら落ちたかもしれない・・てゆうか無いんだからそうなんだろう・・・。 頭の中が真っ白になった。よくこういう表現て使われるけど、あーほんとに真っ白になるんだなー と変な所に感心してしまう。 ともかく次の予定だけでも思い出さなくては・・・ と手近にあった卓上カレンダーに思い出せる予定を書き込んでいってみる。・・・ その結果どうも日程が不確かな日も何日かあることがわかる。また汗。 患者さんに直接電話して事情を話し 次っていつでしたっけ・・・?と確認をとる。 日頃 患者さん宅に忘れ物をすることが多い私。ボールペン、時計、問診表、、なので、みなさん「あらまー今度はついに手帳なの〜?大丈夫〜?」と心配された。あー恥ずかしい。ほんとに皆さんごめんなさい。 でも 実はまだ無くした事を受け止めてない自分が居る。 これはもう 何をしようかな♪どころの騒ぎではない。時計を見る。今日一番の時間までまだ間がある・・。 で、何をしたかというと、昨日行った片道1時間のところへ車を飛ばしたのである。 雨が降ってきた。 なんだか、すでに気持ちはあきらめモードに入っていた。過去に何かを落とした時に探しに戻って 見つかった試しがないという事を思い出す。おそらくは無いのだろう。無い事を確かめに、本当に無くしてしまったのだという事を認識する為に行くようなものだった。 車を停めて 歩いたところを歩いてみる。無い。 買い物をした自販機のところの店のおばちゃんにも、パーキングのおばちゃんにも聞いてみた。無い。 やっぱり・・・ね そうだよね・・・。 がっくりきた・・・。 あー もう行かなくちゃ・・・。しかしそこで、更に大変な事に気がついた。 もしかしたら、手帳にクレジットカードの番号を書いておいたような気がしてきたのである。 記憶はあいまい。書いたような気もすれば、書いといた方がいいかなと思っただけだったような気もする。 でも、この時代、それは大変危険かもしれない。。と思ってカード会社に電話した。 オペレーターにつながるまで待つ間に、カードを停めるって話は聞いても自分が停めるのは初体験だなー これもある意味いい経験なのかなーと馬鹿なことを思う。 事情を話すと、さっそく番号を停めましょうという事になったが、その前に無くした時間から 現在の間に不正な使われ方をしていなかったかどうかを調べてくれた。なあるほど・・ すごいなー そんなことまで出来るんだー 単純に感心した。 「最後に使ったのはいつですか?」と、聞かれ 思わずバッグを探って手帳を探している自分。だから無いんだってばさ・・・。手帳がなければ携帯を見よう・・・探す・・あれ?ない?じゃなくて 今携帯からかけてるんだったと気がつく。「えーとー 今日って何日でしたっけ。。。」完璧におろかな人になってるなー私・・・ 泣きたくなる。 「本日は11日ですが、深夜1:00頃にカードが使われた形跡があるんですよ」 えーーーっ!?ざざざーっと 緊張が走り、いくら?いくら?なになに〜〜〜っ!? 「まだ、何処からの請求か、という所までこちらに入ってないんですが・・金額が・・」おもむろに続く。 「1480円と、2600円・・・」 ここで、がくっと緊張がゆるむ。はい?せんよんひゃくはちじゅうえん・・て・・はい? 「そりゃまた、ずいぶんと中途半端な金額ですねー」 「はあ・・・そうなんですが・・・」 あ!と思い当たる。そういえばゆうべ夜中にamazonに発注してる本の到着が遅いから、早めに揃う本だけピックして発送変更したんだった。そのうちの一冊は確か1480円だった。 そうお姉さんに伝えると、「あーそれならばそうかもしれませんね」と安堵の声。 「悪い事しようとするんだったら、そんな中途半端な金額じゃないっすよね〜」と言うと 「はあ・・・ それは何とも申し上げられませんが・・・」と言われた。あ、まあそれはそうか・・。 ともかく安心した。一気に上昇して一気に下降した気分は絶叫マシンなみだった。 カードを停める・・それは きっと面倒くさいことなんだろうなとは思っていたけど、やっぱり面倒くさいことだった。何しろまっさきに帰りの高速でETCが使えなかった。前払いしてあるから関係ないのかと思ったら、母体のカード番号を停めている以上、新しい番号が届くまでは使えないのだそうなのだ。使い始めてまだ日が浅いのに、人間楽にはすぐ慣れるもの・・・あるのに使えないことがまたまたショックで、あれって料金所に近づいた時にピーっと鳴るもんなんですがね、それの音が車内にむなしく響くなか、すごすごと一般列に並ぶという悲しさなのでした・・。 その他、プロバイダー料金、NTT、携帯、ガソリン、という月に必ずかかるものは、カードでまとめて清算していた私。そうすればカードのポイントは溜まるし、領収書が一枚にまとまるし、と我ながらかしこい使い方をしていると思っていた・・・。 しかたなくなく、各社に連絡をとり、新しいカードが届くまで一旦振込用紙を送ってもらう手配を取る。 はー・・・ まったく ため息なしでは できない作業・・・。 ここ数年、何事にも動揺するとか、うろたえるとか、あまり無かった私が 手帳をなくしたこの日はさすがに一日中脱力感から抜け出せなかった。(翌日には開き直っていたけれど) これは、きっともっときちんと小まめに事務処理しなさいという 神様からの警告だったんだわ〜 とか カードの便利さにかまけて 使いすぎに注意しなさいっていう警告だったのよ〜 とか しみじみ反省してしまった。 さて、代わりの手帳を・・ と近所のお店に行って見たが、これも「無かった」。(笑) そうよね・・・ もう6月だもんね・・・ そして、しかたなく その卓上カレンダーをそのまま手帳代わりに持ち歩いている。 「それならなくしそうも無いし、落としても見つけやすいからそれでいいわよ」と 患者さんに言われ それもそうかなー と思った。 |
| 6月28日 「とびひ」 息子のあごのところに ぷちんと小さな赤いできものが出来たのは先週のこと。 あせもか 虫刺されか そんなとこかなーと思っていた。 それがおとといの夜、さあお風呂で体を洗いましょう というときになって お!となった。 おなかのところにも ぷちん ぷちんと 小さな赤い点をいくつか発見。 あごを見る。うーん・・・ “とんだ” か。。。ーー; 手早く洗ってやってから さっさと風呂からあげてしまい 台所へ。 「あれー ごぼうなかったっけ?」 「あー ないなー使っちゃったわー」 うーん。がっかり。 こんな時には“ごぼう”が効く。ごぼうを生でそのまま摩り下ろし、その絞り汁を塗る。 乾くこと数分後に石鹸で普通に洗ってしまう。を何度か繰り返していればきれいに治る。 のだが、今はないから仕方ないか。とりあえず消毒して翌日ごぼうを買う事に。 翌朝、うーんーー; やはり更に拡大してる。 せっかくのお休みだから何処かアスレチックに行きたーい! と騒ぐ息子をなだめて ごぼうを買いに行く。 顔中に「つまんない」と書いてある彼は 手に持ちきれないくらいにガチャガチャをやって 何とか気分を持ち直す。 さっそくごぼうを塗布。おー、ガングロ(死語?)完成。&ちびくろさんぼ完成。 更に翌朝になると、小さめのプチンは枯れていてokなのだが、おおもとの顎のところがまだしぶとい。 うーん こいつが小さい時にごぼうをつけてれば・・・とくやむ。 まあでもここまで来てれば、もうちょっとだわね。 しかしかなり発展してるからこれはお医者さんにみせるかなーと母と話す。 本人には じゃー今日幼稚園から帰ったら 鈴木先生のとこにいこうねーと言い置き 母には「ごぼう塗って 絆創膏してやってから幼稚園いかせてね〜」と頼んで 自分は早朝から出動した。 ところがめずらしく仕事中に家から電話。 折り返すと、幼稚園から電話がかかってきて「とびひなんですか?」と確認されたという。 母の話ではよくわからないから、幼稚園に直接電話してみる。 すると、どうやら息子が自分で先生に「ぼくとびひなんだ〜」と言ったらしい。 そして とびひは 出席停止の決まりがあるから、どうなんでしょう?という確認の話であった。 えーとまだお医者さんに行ってないので 何ともいえないんですが・・・と言うと そうですか、じゃ、治癒証明の紙を持たせるので、それをお医者さんに書いてもらってからの登園にしてください。今日は大丈夫ですので。と言われた。 うーん・・・。 迎えに行こうかと思ったけどいいならいいかーと 再び仕事に出た。 夕方、園バスから帰ってきた息子を迎えると、難しい顔をしている。 ひょっとして とびひ小僧とか言われちゃったりして いじめられたかしらと 不安がふくらむ。 どうしたー?なんかあったー? 聞いても 首を横にぶんぶんふるのみ。 不安増幅・・・。 家に入って着替えようかーとしゃがんだそのとき 「は・は〜!」と納得してしまった。 顎に貼ってある 大判の絆創膏がまだらな茶色に染まり、ブラウスにも下着にも大きな茶色い斑点に染まっている。どうやらおばあちゃん、絆創膏にたっぷりと擦ったゴボウそのものを プラスしておいてくれたらしい。 こりゃあー先生おどろくわい・・・。 茶色い体液がどんどん出てくるって 風に見えるもんね・・・。 「うん、顎の所からぽたんて 汁が落ちたよ」 はー・・・f(−−;そりゃあ若い先生さぞびっくりしたでせう。まさかごぼうとは思いもよらないでせう・・・。 ま、いいや とりあえず こうなったら手続き上、どうしても医者に診せなくちゃ! ぐずぐずしてる息子を車におしこみ、山武町へと走らせる。 車の中で、「今日 先生とか びっくりしてたの?」と さりげなく聞いてみる。 「そうじゃなくてね、ひとりひとりみんなに 「とびひだよ」って説明したから疲れたの。」 f(ー▽ー;;; っおーい・・・・・ みんなに 言ったんかい・・・。 茶色い汁をしたたらせて 一人一人に 「ぼくとびひだよ」 と言って回ったとなると はー これは どうあっても明日から休まなくちゃ駄目だわね・・・。大きなため息。 山武の鈴木医院は昔からある地元のお医者さん。古い看板のほうは医院の医の字が「醫」だったりする。 内科小児科整形皮膚眼科アレルギー・・・ようは何でも診てくれるし 東洋医学も柔軟に取り入れているので めったにお医者にはかからない息子も何かあれば ここでお世話になる。 待つこと1時間半。 ようやく診察室に入ると 「今日はどうしたのー?」と健康的に顔色のいい息子の顔を不思議そうに診た。 説明すると 「はーん。とびひだね。」と笑われてしまった。 「ごぼうをつけてたんですよー」と ちょっとおそるおそる言ってみた。 馬鹿にされるかな・・・ と思って 先生の顔色をうかがいつつ・・。 「ごぼうっ?!いいねー♪ いいんだよっ!ごぼうは!!それでそれで?擦ったの?汁つけたの?」 予想反して 先生の顔はぱーっと輝いてきらんきらんとしてきた。ほっとする。 「ごぼうはねー いいんだよー」とまだ一人うんうんうなづいてる先生。(^^;何やらこの人同じにおいがする・・・) おかげで 小さいのは直ぐ枯れたんですよー と言うと更に うんうん嬉しそう。 「ごぼうでいいんだよな。 まーでも折角きたから 今回はお薬もだしとくかー」 へたしたら、薬もださないいきおいだわね この方(笑。 「あのー 幼稚園なんですけど・・?」 「あ?休まなくてもいいだろ?あ?駄目なのかー?」 この程度ならやすまなくてもいいだろーという先生に 今日の幼稚園での事情を説明する。 「うーん。そうかーそんなら休むか。治癒証明要るんか。じゃ、いつくる?水曜?土曜?」 私の都合と先生の都合により、二日後の水曜に治癒証明を出してもらう事になる。 ・・・ 大人の都合で決める事に ちょっと笑えてしまう。 次の朝、幼稚園に電話して 休むことを伝えた後、担任の先生に聞いてみた。 「あの茶色い汁に驚かれたんでは?」 「はあ・・・」ととても答えにくそう。 「あれ、体液じゃなくて、ゴボウなんですよ。」 「は?ゴボウ?・・・・・」電話の向こうで 真っ白になってる先生の表情が 見えるようだった。^^; とびひ騒ぎにゴボウが加わって 今回なんだか とっても大騒ぎに発展してしまった・・。 きっと若い担任の先生は しばらくの間 息子の顔を見るたび 頭の中にゴボウが踊ることだろう・・。 |
| 7月3.4日 「 いもうと 」 「おまえ、宿とか なんか 少しは決めてるんだろうなー?」 と、兄から電話があったのは5月のこと。 「い〜や〜 まだだよ〜。」 「・・・・・・−−; bytaka兄」 昨年 初めてさくらんぼ狩りにいって すごーく楽しくてはまってしまったため 今年もまた当然行く心積もりでいた私。 それが、「いいーんだよ〜山形♪さくらんぼ狩り♪たのしいんだよ〜♪」と宣伝しまくった結果 なあんとなく 話が大きくなり、(私の話に釣られて実際に山形へ行ってしまった人も複数存在する^^) 今年は兄夫婦と両親と私と息子という6人の家族旅行計画に発展していた。 去年は強行突破で日帰りしてしまったのだが、今年は1泊しようということで(普通か・・^^;) 互いの日程を合わせて日にちを決めた直後は どこらあたりにしようかと色々と検討したりしていた私。 でも得意の「トクートラベル」での宿予約が1ヶ月前からだったということに気がついて、そこで試行錯誤が止まっていた。 「あまいかな〜?」とヘラヘラ答える私に 「・・・ ー_ー;#あまいっっっ!bytaka兄」 昔から 直前ダッシュ型で 感覚で生きてきた私と違い、兄は用意周到な堅実型。 なにごとも結果おーらいで行動している妹のペースには耐えられないことしばし。 それでも 今回は私から持ちかけた話だから少しは動いてるはず・・・と思って我慢してた(^^;)様子だが、さすがに耐えかねたらしい。でも 私的にはまだ2ヶ月もあるからいーやと思ってたんだもーん。f(^▽^) トクーで予約できる状態になってから宿を決めて、そこから行動範囲を決めるかね〜くらいに考えてた。 山形というところは、観光しがいのある土地で、ガイドブックを見れば見るほど中々まとを絞るのが難しい。でも今回は団体だから あれもこれもと欲張るとブータラぶーたら出そうだしな〜というあたりで止まっていた。6人集まっても、車を運転できるのは結局私ひとりなので、自分があんまり疲れる行動も避けたいしな〜・・。 そんな感じで 尚も のらくら答える私に 電話の向こうは ピシピシッと きてる様子。 「・・・こっちで全部決めちゃって良いか? bytaka兄」 え? 言われた一瞬は戸惑った。 でも、すぐに あ・そっか〜! そのほうがいいな〜♪と思いなおした。 「そうお?じゃ、お願い♪」 せっかくの家族旅行。みんなが楽しくなくちゃ。私一人で決めても、それぞれに口に出さない不満が出そうだし。だいたいうちの両親も兄も出不精で 自分家ダイスキな人達だから、みんなで旅行するなんて奇跡に近い。それが今までどんなに誘っても ついて来ようとしなかった両親が「おじちゃんもおばちゃんもじいちゃんばあちゃんも一緒じゃなきゃいやだ」という孫の一声にほだされて ようやく重い腰をあげたのだ。みんなが楽しくなきゃね。 兄に頼んでから あっというまに交通手段から宿から全部決まってしまった。 まず、楽をとって 新幹線を使わず(車は私一人ドライバーだから問題外)飛行機で往復することになった。 宿はなにやら、結構な高級温泉ホテルになったらしい。おいおい・・・と思ったけれど、なあんと今回は全て兄夫婦スポンサーの大判振る舞いになるということで(いよっ!太っ腹!)それなら なあんにも罰当たりなこと申す事はござりませぬ〜めっそうもござりませぬ〜(あたりまえ)と 喜んで全ておまかせにしてしまった。 普段、一人で責任を負うことに慣れている私。まかされることの多い私。 でも、よーく考えてみたら、そんな私も我が家では「3番目の妹」でしかなかった。 うんうん・・・(~v~) そういえばそうだったよ。忘れてたよ。 30過ぎようと子供産んでいようと 我が家では頼りなき、あぶなっかしき「下の娘」でしかないのだ。 そこを “は・・っ!”と思い出してから、一気に気持ちがゆるんだ。 ちゃっかりしたもので それまで何度と無く見ては悩んでいた山形ガイドブックも、地図も、インターネットも、兄に任せた途端に全て閉じてしまった。 昔から我が家では長子の「おにいちゃん」に 全てまかせておいて 心配は無い。 4人兄弟の一番上の彼 昔から家族みんなで頼りにしていた。母も。父でさえも。 何でもお兄ちゃんに聞いていたし、何でも答えてくれた。 小さい時から 大して無いはずである小遣いから 妹弟に色々買ってくれたりした。 あーそうだった、そうだった・・・。ひさびさに浸る妹気分の楽チンさ。 解放感 ちゃらりん」(^v^)「。 ♪\(^0^)/おにいちゃんに まかせてついてけばいいや。 →・・・(ー_ー;# bytaka兄 息子が毎日 さくらんぼまであといくつ?と文字通り 指折りで数えて 楽しみに迎えた当日。 良く晴れた朝だった。シャリオ君で両親と私と息子は車で羽田に到着。 兄たちは電車で来るのでJALロビーで待ち合わせた。 「おはようーお待たせ・・・」しばらくしてやってきた兄夫婦。 「おはよう〜!おじちゃ〜ん♪おばちゃ〜ん♪」 「今回よろしくう〜♪」 「いやいやどうもどうも〜!」 テンション高い私たちに比べ、 しかし兄は すでに疲れていた・・・。 ここまでの計画と準備とで相当気疲れしてしまったみたい。^^; 堅実派の兄の事、きっと何度も頭の中でシュミレーションを重ねてきたに違いない。だからようやく 現実に羽田に着いた時点で、もう任務遂行=帰りたい・・・ となってるらしい(大笑)。 反面わたしの方は、こんなに楽ちんな気分でのおでかけなんて 今までなかったなーと心底寛ぎモード。 誰かにまかせてしまっている というのはこんなにも楽なのかー。 羽田まで来てしまえば、飛行機は人が操縦してくれるし(そりゃそうだ)、山形空港には迎えの車が来るって言うし、なにもかもおまかせなのである。チビ息子にしたって、普段は私ひとりだから 出かけるとなると事故のないよう気をはって行動するけれど、今回は見てくれる人が他に4人もいるのだ。つまりは普段の半分以下の神経でよろしくて これまた非常に楽。 すっかり 解放感にひたってしまっていた私は行きの飛行機の中で もう別にさくらんぼ狩りなんか どうでもよくなってきていた。(兄が聞いたら たぶん怒る 絶対怒る(笑。) もちろん1年ぶりの山形が楽しみだし、高級宿も楽しみだし、温泉も楽しみだし、(実際とてもよかった)お料理も楽しみだけど、こーんなにも人任せで ぶらぶらり〜んとした時間を 2日にわたって送れるとわかった時点で、これ以上の贅沢は既になかった。温泉に浸かるよりも前に 私はとっぷりと首まで“楽”に浸かっていた。あー幸せ。 空の上で 「“お兄ちゃん”、あいつは何にもやらんってぼやいてたわよ〜」と笑う義姉 あはは〜やっぱり〜?と笑って返しながら、ほんとにいもうとでよかったなー幸せだなーと心から思った。 |
| 「 心が音をたてる世 」 なんだかな〜・・・ と、思うこともある。 好きな事をして 好きなように生きていても 世の中一人では生きていけない。 もちろん愛する家族が居て、 信頼のおける友人が居て、 尊敬する先輩が居て。 でも、それ以外にも やっぱり社会で生きるということは 様々な人々と かかわっていくという事である。 私も一人の子の母であるので、それなりに 子供を教育していく立場にある。 とは言え、性格上 育児書にのっとって。。というような生真面目な方針のたてかたはしていない。 大抵は、自分が親に育てられてきたように 育てているだけである。 ただ一つ、これだけは きちんとしようと させようとしているのは 何処かの標語であったかな、 「ありがとう ごめんなさい が言える子に」 のみ。 これだけは うるさく 躾けている。 何と言うことはない、家の両親も、祖父も、そういう人であっただけのことなんだが・・・。 例えば、子供のころ、誰かのお母さんに何かをご馳走になったとする。 すると必ず家で母に報告する。 母は先方に電話を入れ、「うちの子が大変お世話になりましてありがとうございました」と礼を言う。 祖父の家に遊びに行ったとする。 「こんにちは」だけしか言わないと、途端に祖父にしかりつけられる。 「この間は ありがとうございました、だろう?!この子は挨拶も出来ないのか?!」 そのうち 母まで私の横に並んで「母親のお前の教育がなってない」と雷を落とされる事態になる。 母や父の電話の応対を聞いていても 必ず「先日はお世話になりまして・・」と礼の言葉から始まっていたし 電話で礼を言ってあっても、後日じかに会うときには必ずまた 礼を言う。 環境がそうであったから、私もそれが自然で それが当たり前で 大人になっていた。 ところが、それはどうも社会全般の常識ではないことに どうしても気がつく。 例えば、他所の子の 面倒をなにかしらみたとする。(事実そういうことの多い私) まずは 「ありがとう」と言えない子が圧倒的多数だ。 小うるさいおばちゃんに成長した私は すかさず 「『ありがとう』でしょう?(ーヘー;」 と言って、人の子までも躾けてしまう。 子供はいい。次からはきちんと 『ありがとう』が言える様になる。(少なくとも怖いおばちゃんに対しては^▽^) ところが、次に その子の親に会ったとする。 「先日は家の子が、お世話になって」と 私には当たり前の台詞は、まず聞かれないことが圧倒的多数。 どおりで子供が「ありがとう」という言葉を知らないわけだよと納得してしまう。 もちろん、子供の方が報告してない事もある。 それはそれで、「外で何か誰かにしてもらったらお母さんに言うのよ」と躾けてないという証拠。 子供のせいではない。 は・て・?と思うのは、何をしてもらったのか、聞いていて知っているのにもかかわらず、人事であるかのように何事もなかったように普通に会話をする人も多い時。あら?と思う。私よけいなことをしたのかしら?と思ってしまうこともある。が、明るく普通に話が続くうちに、どうやら別段なんともまったく普通の感情であることがわかり、それがわかるとほっとする反面、余計に「は・て?」と思う。 たとえ、怪我を処置してあげてようと、ご馳走してあげてようと、何かを使わせてあげていようと、 おそらく家での会話で「あらそう、ありがとうって言ったの?」「うん」「そう。ならいいわ。」と終了してるのだろうと察する。なにかを「してもらった」のは子供の方なのだから、自分が「してもらった」わけではないのだから、そのときに「してもらった」本人が礼を言ってれば それで終了、と、言うわけなんだろうと推測する。 でも、この子の保護者であるという意識があれば・・?はあて・・?と悩む。 「あんたが何かしてもらったのを知らないと礼も言えなくて親が外で恥をかくんだからね」 言って聞かされて育った私としては どうしても 違和感を感じてしまうのである。 そんな瞬間にあたると つい 心の奥で “コトン”と 何かが音をたてるのを聴く。 たとえば、私の仕事は出張なので完全予約制。ご予約によって毎日細かく時間割して動いている。 でも、誰にだって突然の出来事はおこるものだから、急遽キャンセルになることもあるし、時間の変更を頼まれる事もある。私自身も歯医者やらで患者の立場になる時は、予約を変えてもらうこともよくあった。下手したらすっかり忘れてすっぽかしたこともあった。(その節は先生すみません・・・←今更A^^;)なので そういうことは仕方のないことである、と考えている。 ただ、一旦時間の予約をもらっていれば、その時間はその方の為に確保する。そうして先に入った予約を優先に日々の時間割が出来ていく。すると申し訳ないが、一人でやっているので 第一希望の日時に沿えなくて 別の日にしていただくか、お断りになってしまう方も その時々のタイミングで多々あるわけで、ということは ついでに言ってしまえば経営上は倍のマイナスになることも結構ある。まあでも、それはそれで仕方の無い事なので、ひとつため息をつけば済む事と考える楽天家なタチの私。 何だかな〜・・・と思ってしまうのは、その次の段。 次にお会いした時やらに ひとこと「ごめんなさいね〜」と言ってくれる方の方がもちろん多い。ならば私のほうも 「とんでもないですよー 大丈夫ですよー」心から自然に言える。 でも そうでない方もやっぱり時たま居るわけで、「今日無理になったから」と 以上それだけ、 約束の数分前に電話をくれる方も やっぱりたまには居らっしゃる。 もちろん私はそこに向かっている、あるいは既に到着していることの方が多いのだが・・・。 もしかして前回の私の施術がまずかったとか応対が悪かったとか何かあったのかな と思わず不安になる。が、実はそうでもないらしく、次回の御予約を何事もなかったかのように普通にいただいたりする・・・。ある意味ほっとするんだけど。私のほうも何事もなかったように仕事にあたりながらも やっぱり何となく、こころの奥で“コトン”と何かが音をたてるのを聴く。修行が足らないんだなーとも思う。 こういう、心の行き違いというのかしら?こういうのって夫婦間とか職場内とかにもによくあるのだろうなーと察する。 私はすでに離婚しちゃってるし、仕事は一人でやってるから同僚もいないのだけど 過去を振り返ると、やっぱり 家族と言う馴れ合い、同じ職場内という馴れ合い、から 言えなくなっていく大事な言葉が沢山あるように思う。善意や思いやりも 回を重ねていくうちに 「いつもだから」 とか 「今更ねー・・」とか なあんとなく 当たり前になっていって 初めは言えたはずの言葉が出なくなっていくのだろうか。ところが、善意も思いやりも、かけているほうは ちっとも当たり前にはなってない事の方が多いわけで、そんな時にきっと こころの奥で 何かが“コトン”と音をたてる。 こころの奥で ことん とたつ音は、最初は 本人も気づかないほどかすかな音。 でも回を重ねるたびに きっと大きくなっていく。そして 今やこんなに自分の中で 耳をふさぎたくなるほど大きく響いているのに、一体なぜ 相手には聞こえないのだろうと いう思いが、人と人との行き違いを生みやすくするように思う。 こんな私は いちいち恩着せがましいぞ とか、細かすぎる とか 言われてしまうのかなー・・とも思う。 (そういえば、別れた旦那にそう言われたっけか・・・はるか昔‐‐) とは言え きちんと 「ありがとう」と「ごめんなさい」を 言って頂ける方に出会うたびに いやいや やっぱりこうでなくちゃと ほっとして嬉しくなる。 おんなじ常識を持っている方だって やっぱり沢山 たくさん いるのよ と思って元気が出る。 そうしてはまた、「なんだかなあ〜」と思っちゃうことに出会うのだけど ^^; でも 「いつも母がお世話になってます」なんて きっちーんと挨拶してくれる今時の高校生に出会ったりもするし 施療した翌朝に わざわざ改めて 御礼の電話をくださる方に出会ったりもする。 「おばちゃん昨日はありがとう♪」と可愛い声で 言ってくれる小さな子にも会えたりする。 何より わが息子がきちんと私に対してだけじゃなく、祖父母に対しても 他人様に対しても ありがとうと言えるようになってきたことが嬉しい。 もはや少数派・・・?なのかしら?とも思うけれど、でもやっぱり 私は この方が気持ちがよい。 くりくり坊主頭で元気に走り回る我が子を見ながら この子もやっぱり将来 自分の中で“コトン”を聴くようになるのかなーと思った。 |